薔薇色の休日｜リアクション

薔薇色の休日

【淡い予感】

「ごめんなさいね、見苦しいところを見せてしまって」
「いえ、お気になさらず。貴女がMrs.キャンベルでしょうか？」
「ええ、そうよ」
　表情が幾分か柔らかくなった早苗に安心したのか、シグレの後ろに隠れていた赫乃がようやく出てくる。
「キャンベルさん、母、から、お話は伺って、います。本当に、綺麗な白薔薇、ですね」
「お母様から？」
「母も薔薇を、作っていて……緋紅朱赤煉、と言います」
「まぁ、緋紅朱さんのお嬢さんだったの。存じているわ、品評会ではいつも素晴らしい赤薔薇を見せてくれるもの」
　有名な薔薇の生産者である赫乃の母のことは早苗も知っていたようで、自然と話は弾んだ。
　普段は口数の少ない赫乃も、自分の好きな薔薇の話題となれば溢れるように言葉が出てくる。
「そういえばここに来るまでに赫乃に教えて貰ったんですが……ここに咲いている薔薇は白が多いですけど、品種は色々のようですね。どの品種が色が変わる噂の薔薇なんですか？」
　シグレが噂の薔薇について尋ねると、早苗は困ったように笑って肩を竦めた。
「実はね、特定の品種ってわけじゃないのよ。ただ、この辺り……入口からかなり離れた一帯の薔薇にそういった不思議なことが起こるようになったの。去年まではそんなことなかったのに、本当に不思議な話よね」
「この辺りの薔薇……入口付近に咲いている薔薇より、長く、生きている、みたい……」
　赫乃が薔薇の枝ぶりなどを見て気付いたことを口にする。
　薔薇の寿命は品種や環境によって大きく左右される為、一概には言えない。
　植えっぱなしで5年から10年、きちんと手入れをすれば30年持つとも言われている。
「そうなの、ここのあたりの薔薇はまだ夫が生きていた頃に植えたものだから……この薔薇園の始まりの薔薇達とも言えるわね」
「そう、なんだ……」
　先ほどの早苗とジニーの会話を一部聞いていたこともあり、赫乃は噂の薔薇が早苗と彼女の夫の愛の結晶であり、絆の形であることを改めて思い知る。
（早苗さんは今でも旦那さんのことを思ってるんだね……だからここの薔薇達はこんなに綺麗）
　瑞々しく生命力に満ち溢れた純白の薔薇の花弁にそっと触れて赫乃は思う。
（大切な誰かを想う気持ち、私は……）
　ちらりと、赫乃は傍らに立つシグレを見る。
　彼を見ているとどこか落ち付かない気分になる。
　怖いとか、気不味いとかは違う。
　胸の奥がジンと熱くなるけど、ぼんやりしていてはっきりしない気持ち。
　この感情を何と表現したら良いか、赫乃はまだ解らない。
　しかし。
「ぁ……変わった」
　赫乃が触れた薔薇は所々に赤が混じったピンク色に変わった。
「お、アカペラみたいになったな。俺のは白のままだが……。そうだ、Mrs.キャンベル。この薔薇を戴いてもよろしいですか？」
「ええ、一人一輪程度なら構わないわ。不思議な薔薇が咲くようになってから、あえてここは剪定を控えているから。良かったらこれを使って頂戴」
「ありがとうございます」
　シグレは早苗から借りた剪定鋏で自分の手元にあった白薔薇と、赫乃の手元にあるピンクと赤の薔薇を摘み取る。
　そして棘を落としたそれらを赫乃の髪を飾るヘッドドレスの側に挿して飾りつけた。
「シ、シグレ、さん……？」
「赤もいいが、他の色も似合ってるぜ？お守り代わりに飾っとけ、お前は危なっかしいからな」
　少し意地悪く、八重歯を覗かせてシグレが笑う。
　素直じゃない言葉の裏には、シグレなりに赫乃を想う気持ちが隠されている。
（なんか、守ってやらないとって思っちまうんだよなぁ……）
　それがシグレ本来の面倒見のよさに由来するものなのか、庇護欲をかき立てる赫乃の性質によるものなのか、それともまた別の「何か」なのか。
　それはまだ解らない。
　近すぎず、遠すぎず。
　相手の歩幅に合わせてゆっくり歩くように。
　彼らの関係がどう変わっていくのか、薔薇達が告げるのは『予感』だけ。

「ふむふむ、さっきの怖そうなヒトがネロ、赫乃ちゃんはローザとロッソだったノ。赫乃ちゃんと一緒にいた男のヒトはビアンコだったワ」
　薔薇の茂みに隠れて赫乃達の様子を観察をしていたセレッソは可愛らしいメモ帳に薔薇の変化をメモしていく。
　薔薇の色が変わるのは何かしらの法則性があるだろうと踏んでいたセレッソだったが、今まで集団生活の経験がなく他者の感情の機微を理解し辛いこともあってまだ法則性は見つけられていない。
「とりあえずもう少しココで様子を見てみるノ！あ、誰か来たワ！！」
　わくわく、こそこそ。
　セレッソの楽しい人間と薔薇観察はまだまだ続く。

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