薔薇色の休日｜リアクション

薔薇色の休日

【紳士、祝って貰う】

「この薔薇のように、赤くなった君を見てみたい」
　八十八旗信彦は自分の中では最高のキメ顔で、一輪の真っ赤な薔薇を目の前を通りかかった女性に差し出した。
　綺麗なレディがいたら声をかけずにはいられない、優しくせずにはいられない。
　それが紳士の性だと信彦は考える。
　しかし、相手が悪かった。
「……馬鹿じゃないの？」
　ツンデレではない、ツンドラ美人の弘明寺能美子は信彦のナンパを冷たく一蹴した。そしてその後は信彦に視線を遣る事もなく、そのままスタスタと去っていってしまった。
「ははは、やはり美しい薔薇には棘があるということだね！」
「まったく……きみは彼女がいるのに、こんなところに来てまでも女の子に声を掛けるんだね」
　全くめげない信彦に上穗木千鶴は呆れを隠せない。
　ちなみに彼女とは千鶴のことではない。
　千鶴は今日、なんやかんやで一緒に行動することの多い信彦の誕生祝いも兼ねて薔薇園に誘ったのだ。
　デートとも言える状況だが、千鶴が言ったように信彦には彼女が存在する。
（……気の置けない友人、だろうか）
　千鶴は信彦と自分の関係がどういうものかと聞かれれば、そう答えるしかないと思う。
　しかし。
（でも、よくわからないな）
　なんとなく、千鶴は友人という表現に違和感を感じることが時折ある。しかし、その違和感の正体は未だ掴めないでいた。
「そういえばちーちゃん、今日俺に渡したいものがあるっていってなかったっけ？」
「ああ、それなら……あ、いたいた。キャンベル君」
「千鶴さん、いらっしゃい。例のモノ、用意してあるわよ」
　二人が進んだ薔薇園の奥には早苗が白い薔薇のブーケを持って立っていた。
　早苗の後ろの方に、千鶴は見覚えのある後ろ姿を捉える。
「おや、今のは緋紅朱君？」
「あら、お友達だったのかしら」
「うん。それにしても綺麗なブーケだね、ありがとう。無理を言ってすまなかったね」
「いいのよ、気にしないで頂戴。お店の方で売ってる薔薇で作るブーケもいいけれど、こういった摘みたての薔薇でブーケを作るのも素敵よね」
「？」
　信彦は事情がよく飲みこめていないようだったが、千鶴は信彦の誕生祝いの為に薔薇園の薔薇でブーケを作ってくれないか事前に早苗に相談していたのだった。
　千鶴は早苗からブーケを受け取り、それを信彦へ渡す。
「誕生日おめでとう、八十八旗君」
「ちーちゃんっ……！」
　感動してなかなかブーケを受け取れずにいる信彦に、千鶴はクスクス笑ってブーケの中から薔薇を一輪抜いて差し出す。
「ほら、いつも君がしていることだろう？ ……あれ」
「おおっ、ちーちゃんのマジックか何かかい！？」
　千鶴が信彦に差し出した白薔薇は、花弁の縁がじんわり赤く染まっていた。
「あら、ここの近くで摘んだものだからやっぱり色が変わってしまったようね」
「そういえば、不思議な薔薇の噂があったね。持った人によって色が変わるっていう」
　信彦がぽんと手を叩いて納得する横で、千鶴は首を傾げて早苗に尋ねる。
「キャンベル君、この色の変化はどういう意味なんだい？」
　すると早苗はウインクを一つして、千鶴の細い肩をポンと叩いた。
「頑張ってね」
「え？」
　それだけ伝えた早苗はワークショップの準備があるからとその場から去っていった。
　残された千鶴と信彦は、薔薇の色が意味することに気づかず互いの顔を見合わせるのであった。