薔薇色の休日｜リアクション

薔薇色の休日

【能美子の朝】

　五月下旬。
　春が終わり、梅雨を迎えて夏へと移る前のこの時期は少し汗ばむ陽気が続いてる。
　休日ということもあり、いつもより遅めの時間にベッドを抜け出した弘明寺能美子は気だるげに部屋のカーテンを開く。
　バルコニーに繋がる窓から射し込んでくるのは、最近自己主張を増した陽の光。
　目に痛いソレに、能美子は不機嫌そうに眉をひそめる。
（……最近暑いわね。こういうときはあえて汗をかいて新陳代謝を良くしないと）
　そんなことを考えながら着替えを始め、はたと気づく。
（馬鹿ね、こんな習慣今でも引き摺って……）
　姿見に映る自分の姿はモデルをしていた時と変わらないプロポーションを維持している。それもモデル時代にしみついた習慣を未だに続けているからだろう。
　捨てたはずの過去なのに、と自嘲気味な笑みをこぼして能美子は改めて姿見に映った自分の姿を見る。
　そして、昨日より顔や足が腫れぼったい感じがすることに気付いた能美子の眉が再び顰められた。
「やだ、ちょっと浮腫んでない？ ……あ、アレやろうかしら」
　能美子の頭に浮かんだのは、こういう時にぴったりの解決法。
　しかしそれをする為には明らかに足りないものがあった。
「面倒だけれど……運動もしないといけないし」
　白い肩にかかった黒く長い髪をかきあげ、能美子は身支度を再開する。
　モデルとしての過去を捨てても、培った美意識とプライドは捨てられない能美子の姿がそこにはあった。

【美咲紀の朝】

　椿美咲紀には毎朝欠かせないものがある。

『今日のラッキーナンバー１は……おうし座のあなた！お出かけするとステキなものと出会って超ハッピー！ラッキーアイテムはバラ。Have a nice day！！』

　それは朝のテレビの占いコーナーを見ること。
　そして今日の美咲紀の運勢は最高らしい。
「これは……噂の薔薇ちゃん達に会いに行くべきかも！」
　占いの結果に基づいて行動を決めることもある美咲紀は、早速占いで出ていたラッキーアイテムのある場所にお出かけすることに決めた。
「お花育てる参考にもしたいから、カメラも持って、っと……」
　持っていくものを揃え、姿見の前で身だしなみをチェックする。
「髪よし、お肌よし、服よし！よし、しゅっぱーつ♪」
　美咲紀は小花柄のシュシュでポニーテールをまとめ、裾にさり気なく薔薇の刺繍とレースがあしらわれたワンピース姿で家を飛び出す。
　これからどんな薔薇に出会えるのか。
　花好きの美咲紀は期待に胸を膨らませ、弾むような足取りで薔薇園に向かうのだった。

【よっちゃんの朝】

　今日というこの日、神堂坂呼水ことよっちゃんの朝は早かった。
　やや音程の外れた鼻唄をうたいながら、白いガーデンチェアを抱えて向かう先は自寮からほど近い薔薇園。
　噂の不思議な薔薇を開場時間からじっくり観察しようと言う魂胆だ。
「ふふふ～、楽しみじゃな～♪」
　ちょっと力自慢の呼水にしてみれば椅子の一脚や二脚、重荷でもなんでもない。
　すれ違う人達が訝しげな視線を向けるのも気にせず、開演時刻5分前には薔薇園に到着した。
　門を開きに来た早苗も、ガーデンチェアを抱えた少女の姿に一瞬ぎょっとした表情を浮かべる。
「いやいや、驚かせてしまってスマンのう。私はただ薔薇を傍でゆっくり時間をかけて見たくてな、こうして自前の椅子を用意したわけじゃ」
　呼水の話を聞けば早苗も笑いながらあっさり薔薇園の中に通してくれた。
「ふふ、変わった子ね。いいわ、中へどうぞ」
「ところで不思議な薔薇はどのあたりにあるのじゃろ？」
「ああ、それなら……」
　よっちゃんの一日はこうして快調な滑り出しから始まった。

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