＜零神探訪＞紅燈火街（レッドランタン・タウン）｜リアクション

＜零神探訪＞紅燈火街（レッドランタン・タウン）

●師弟

「ボスが見つかった。無事だとさ。魂抜かれてたせいか具合は良くないんで、隠れ家で休むそうだ」
　夜海霧楓は、ブリジットからの連絡を、ともに行動している音海なぎさ、恵御納夏夜、伏見真と、ユチェンに伝えた。
「よかったわぁ」
　真は少女と見まごうような中性的な美貌をやんわりと微笑ませる。
　長い黒髪と、つり目がちな琥珀色の瞳は、狐仙のように神秘的だ。少女めいた姿なのは、昔から体が弱く、性別を入れ替えて育てると丈夫に育つという言い伝えに母が願いを託したため。寝子島に越して来たのも療養のためであったが、まもなくろっこんに目覚め、知り合いに声をかけられてお試しでエージェントとなった。
　真はこの街で買った紅い中華風の傘を差し、くるくると回す。
　ユチェンが時々自分に見とれているのには気づいている。
　にこりと首を傾げるとユチェンは照れて視線を逸らし、ほんのり頬を染める。
（ええ子やなあ）
　真はユチェンと目線を合わせ、優しく訊ねる。
「仲間助けて言うとったけど、おりそうな場所に心当たりあるん？　有るんやったら案内して欲しいんやけど。君の仲間、たぶんやけど裏路地の方におるんやろ？」
　ユチェンは生真面目な顔で、ついてくるようにと手招きした。時折振り返る姿が、まるで子犬のようだ。
（ユチェンさん、ほんまかわいいわぁ）
　一方、ユチェンをまったく甘やかす気がないのが楓である。
「今捜すべきは、兄弟のフェンとミン。まずはそいつらを助ける。その後は元凶を潰して騒動を片付ける。大元さえ押さえれば元通りになるはずだ、これでいいな？」
　楓の依頼確認に、ユチェンは深く頷いた。
　ユチェンが、先ほど自分が選んでやったナイフの感触を神妙な顔で確かめているのを見て、楓は何とも言えぬ郷愁に囚われる。
（スラム街の子供、それも俺とあまり変わらない境遇のようだ。申海波を知ってるのは嘘じゃなさそうだ、が。口が堅いところを見るとあまり公にしたくは無いのかもな）
　彼は依頼主だ。依頼主が自分の身も守れぬようでは困る。楓はそう考えた。
　否、本当は放っておけなかったのだろう。自分と同じ匂いを感じ取って。
「ユチェン。ナイフを使ったことは？」
「鉛筆を削るくらいなら」
「ほとんど素人だな。なら、よく聞け。得物は手の延長と考えろ。つっても大したリーチの差はねえ。狙った場所に自分の手を置いてくる感覚で動かせ」
　ユチェンにナイフを持たせ、手を添えてレクチャーする。
「ナイフの距離は相手の反撃を覚悟する距離ってのを忘れるな」
「はい」
「自分も相手も目の前の得物を意識しがちだからこそ、予想外の蹴りや銃やナイフの飛び道具が上手くいく」
「はい、師匠！」
「師匠？」
　楓が目を見開くと、ユチェンが真剣に見つめ返してくる。
　夏夜が珍しくクスと笑う。
「師匠、か。夜海霧君に弟子ができたね。いいコンビ、だよ」
「勘弁してくれ。これ以上厄介ごとを抱え込むのはごめんだ。面倒はみないぞ」
「はい、師匠！　オレ、自分のことは自分でやる。だから、もっと教えてほしい」
　あああ、と呻くような声を出し、楓はハンチング帽を目深に被りなおす。
「――身のこなしも鍛えとけ。損はない」
「はい！」