●仲間


　大通りで火祭騒ぎが起きていることを、裏通りにいた楓やユチェンたち一行はまだ知らなかった。１０分か１５分か、その程度のものだと思うが、内容的には数時間分にもあたる師匠の厳しい訓練をしていたからだ。
　ユチェンの疲れを見て取ったなぎさが、露店へ点心や肉まんを買いに行き、ついでに店主から『火祭り』の話を聞いて来た。
「『火祭り』って知ってる、ユチェン君？」
「オレ、知らない。そんなのはじめて聞いた」
「そう。何か起こってるね。ともかく食べよう。食べられるときに食べていないと耐えられなくなるから」
　穏やかな立ち居振る舞いのなぎさは、早くもエージェントたちのメディックとして信頼されつつあった。

　提灯との遭遇は、腹ごしらえを終えて間もなくのことだった。
　角を曲がった途端、貪欲な無数の提灯が襲い掛かってきたのだ。
　見れば、路地のあちこちに人が倒れている。

「バトルのお時間のようだな。こちとら『受けたからには最善を』が信条だ」

　拳銃の弾も無限ではないと、楓は回収用のワイヤーを付けた投げナイフの本数を増やしてあった。鎖鎌よろしくそれらを振り回して、空中の提灯に突き刺し、あるいは絡め取り、地に引きずりおろす。
「ユチェン、止めだ！」
　師匠の声に合わせてユチェンがナイフで提灯を切り裂く。
　まだ、たどたどしい動きだが、あとは実践あるのみ。筋は良い。
　一方、夏夜は影入りの提灯があるのを見つけると、ろっこん＜重く軽く＞を発動させ猫シールを飛ばして提灯に張り付けた。人の真上に落とさない様注意しながら目一杯重くなるよう念じると、提灯は傾き、よろよろと地面に近づいてゆく。しかし、重くしただけでは倒すというところまでは至らない。それが分かると、夏夜は宝玉の嵌ったウイグル刀を腰から抜き、一刀両断に切り捨てた。動きの鈍っている提灯を相手にするのは、空をふわふわと浮き、ときに襲い掛かってくるのを相手するよりずっと容易なことだった。
　夏夜は次々に猫シールを飛ばし、提灯共の動きを鈍らせてゆく。
「ええーい！」
　それをなぎさが星球式鎚矛で力いっぱい殴り潰す。
　目をつぶって振り回すから周りの人は避ける必要があったけれども、メリケンサックよりこちらの方がリーチがある分使い勝手が良く、遠心力で打撃力も上げられるので結構な数の提灯が、星球式鎚矛の餌食となった。
　同じように真も閉じた赤い中華傘を棍棒代わりに奮戦した。
「運んだりはでけへんから、その分提灯倒して自力で逃げてもらうスタイルでいこか。提灯多い方に行ったらいっぱい助けられるやろ」
　倒しても倒しても雨後の竹の子のように湧いて出る提灯に傘の先を向ける。
「そういう火遊びは感心せんわぁ」
　赤い中華傘を開き、くるりと回すと、手の甲に口づける。
　＜狐に嫁入り＞が発動し、真の周りに雨の様な水が降る。
　今度は、前の時のような小雨ではない。
　激しく鋭く降る雨だ。
「こういう雨のこと篠突く雨って言うねんて。紙やから余計、篠竹を束ねたもので貫かれるような雨っちゅー語源に実感わくんとちゃう？」
　提灯は雨に打たれ、落ちてゆく。
　辛うじて残った提灯も水分を含んで重く、脆くなっており、傘の一突きでお陀仏だ。
　提灯が多い方には確かに多くの人が倒れていて、意識を取り戻させることができた人の手当ては、もっぱらなぎさの役目であった。介抱し、落ち着いた頃合いを見計らって話を聞く。彼らは一様に、こんなことは今までにない、提灯は自分たちが向かおうとしている北西の方から現れたと話した。
「発生源は、街の北西方向ということかな」
　ときには意識のない肉体だけあって、魂の入った提灯を見つけられなかった人もいた。夏夜はそのような人々をひとりひとり丁寧に、周囲に燃えそうなものが少ない壁際を探し凭れさせる。不思議なことに、そういう人を隠しておくのにちょうど良いスペースが、ときどき路地の隅にあった。
「ここに入っててね」

　そうこうしながらひとつ、またひとつと路地を曲がり進んでゆくと、たくさんの人々が倒れている場所に出た。男、女、そして――ユチェンは小さな二人の男の子の身体に駆け寄る。
「フェン！　ミン！」
　もう一つ先の路地を覗いたなぎさが、慌てて戻って来て伝える。
「す、すごい数の提灯が隣の路地に！　どうしよう！　こっちに来るかも」
「困ったなぁ。一気に突っ込む？　五人でなんとかなるやろか」
　真が傘をひと回しする。
　――通信機を通じて、武道から連絡が入ったのはそのときだった。

◇
　
　すこし時間を巻き戻す。
　Leidenschaftのメンバーは連絡を密に取り合いながらも、一時、別行動を取っていた。
　亮はバイクで梨香を隠れ場所に送り届けている最中。梢と庚は作戦の下拵え。
　陽動を任された志波 武道は、麻婆豆腐の香がほんのり残る中華鉄鍋をぶん回して提灯を蹴散らしながら、念の為に裏通りのあちらこちらに一時避難場所を作る。
「ランタンが入ってこれないようにすればいいわけだから……」
　がれきや道端にある木のベンチ、スチールの塵バケツや木箱などで隠れられる場所をつくる。入った後で５０センチ以上の隙間が空かないように板や布切れを結び付ける。
　そのとき、わああ、と大通りの方から盛り上がる声が聞こえ、空が赤々と照らされるのが見えた。
「ナンダ……？」
　疑問に思っていると、小柄な人影が大声で触れ回りながら駆け抜けていく。
　状況をよく理解していない、後ろ暗そうな者を見れば、
「警察の一斉摘発が来るぞ！　証拠隠滅の為に全部燃やせ」
　また、化け提灯の危険性に気付いていそうな者を見れば、
「提灯が来るぞ！　火で撃退できる！」
　と叫びながら。
　前者の場合、泡を喰ったようにその場を立ち去るか、いったい何を言っているんだと首を傾げるかであったが、後者は効果があった。人々は目の前で友人を喰われたり、自分が追いかけられたりしていた状況から一転、反撃に転じ始めたのである。
（瓢くん？　いたずらに混乱を増やしてる……ってわけじゃあなさそうだナ）
　まずは提灯の数を減らす必要があると考えていたが、瓢の動きによって街の人たちの協力も得られるなら、状況は好転すると見ていい。しかし兎に角、火をつけて回ればいいという扇動には、危うさも感じる。
　武道は、状況を通信機で皆に伝えると、すぐに夏夜から返答があった。
『延焼中の提灯に気を付けて。火事を起こす危険がある、から』
「そうだな。街の人たちが浮足立っている。くれぐれも街が火事にならないよう注意しよう」
　武道は火の扱いについても通信機で皆に伝達。了解、という声が次々に届く。
『ところで』
　夏夜から追加の通信。
『発生源は、街の北西の方みたい。こちらで助けた人たちが、みんな提灯はそちらから来たと言っている。ユチェンの仲間の子たちもそのあたりではぐれたらしくて、僕たちも向かってるんだけど、提灯は多いし倒れている人はいるし、困ってて。Leidenschaftのみんなに応援をお願いしたい。頼めないかな』
「了解、提灯の方、なんとかできると思う。できるだけ急いで向かうよ」
　夏夜から送られてきた現在地を、Leidenschaftメンバーに転送し、武道は作戦ポイントを街の北西、夏夜たちの助けになる場所に設定できないかと仲間たちに打診する。
『問題ねぇ』
　庚から返信があった。
『屋敷野の準備も出来てる。志波先輩、新田、これから伝えるポイントに提灯を引き付けてくれ』
『了解だ。坂内先輩は無事隠れ家に送り届けた。あとはリンコとドアンに任せて、俺も作戦に復帰する』
　亮からも返事がある。
「了解」と武道も答え、揺れる提灯に向き直る。
「ハァイ俺コッチ！」
　鉄鍋を振り回しながら自分を狙うように提灯を一か所に集め、よい頃合いで、追いつける速さで逃げる。
　目的の場所へと提灯を誘導するために。