＜零神探訪＞紅燈火街（レッドランタン・タウン）｜リアクション

＜零神探訪＞紅燈火街（レッドランタン・タウン）

●楼閣

　裏路地を一直線に突っ切って、八神修、御剣刀、朝鳥さゆる、神薙焔は紅火楼へ一番乗りした。

　紅火楼――夜闇に聳え立つ楼閣は、六角形の三階建ての建物である。名の示す通り、反り返った瓦屋根も壁も柱も欄干も火のような紅で、真っ赤な背の高い塀に囲まれている。正面の山門風の朱塗りの門はぴたりと閉じられ中の様子は窺い知れない。特筆すべきは、三重の屋根の軒にびっしり、真っ赤な提灯がぶら下げられ、楼閣を照らし出していることだ。提灯は塀の中にも無数に漂っており、上空へと溢れ出てゆく。
「まるで珊瑚の産卵ね……この建物が、提灯を生み出しているかのよう」
　さゆるの硬質なセピアの瞳は、赤を映して妖しく揺らぐ。

「数を減らすぞ！」
　精神を集中した修が、朱塗りの門を＜分解＞して道を開く！
　堰き止められていた水が溢れ出るように、提灯が門から流れ出てくる。
「任せろ！」
　＜加速＞した刀が、修の傍らを字の如く風となって駆け抜ける。すべてを倒す必要はない、邪魔する奴だけ切ればいい。修も手近な提灯の房を掴んで地面に叩きつける。逃れようとする提灯は、石を結んだ細綱を投げて絡め、引きずり降ろして軍刀拵えの小刀で切り壊す。
　さゆるはサーベルで、焔も桃木刀で提灯に立ち向かっていると、陽気な男の高笑いが響き渡った。
「ここが震源地かい？　大層な数の提灯だ。空中を漂う提灯ならさぞ風に飛ばされやすいだろうねぇ」
　骨削瓢は姿を見せるやいなや、ひゅっと独楽回しの素振りをしてみせる。それが彼のろっこん＜悋気の独楽＞の発動条件なのだ。瓢を中心に起こった局地的な竜巻は、空中の提灯を巻き込みながら一直線に紅火楼へ向かい、建物にぶつかる直前で上空へと舞い上がって、多くの提灯を連れ去った。
「気まぐれ戯れ風任せ。なあに、暇だからやったまでのこと」
　瓢はしっし、と追い払うように手を振って、
「早くお行きよぃ」
　と笑っている。
「骨削……助かった！」
　瓢がこんなふうに協力してくれて、修は正直なところ少々驚いた。
　しかし、戸惑っている暇はない。
　さゆるや焔とともに、瓢が作ってくれた道を駆け抜ける。
「突入するぞ！」
　刀が体当たりで楼閣の入り口の扉を突き破る。
　中に入るとシャンデリアの下がった階段ホールとなっていて、豪奢な手すりのついた赤絨毯の階段のあちらこちらに、着飾った女たちが倒れていた。紅火楼の娼妓だろう。修は女の一人に駆け寄る。意識がない。街に倒れていた人たち同様、魂を提灯に喰われているようだ。
「朝鳥ちゃん、上！」
　焔が叫んだのと同時、シャンデリアの影から、さゆるを狙って提灯が襲い掛かってくる。
　悪意と敵意を込めた攻撃を受けた際に発動する＜Stella cadente＞が、さゆるに素早い回避行動を取らせた。身を翻し反撃に転じると、提灯の群れに最大速度で突入する。彼女の鳳凰のサーベルが華麗に瞬き、一気に複数の提灯が切り裂かれる。
　硬質な美貌には表情一つ浮かんでいない。
　それでいてその冷静な立ち回りの中にはどこか、まるで死を求めているかような狂気の色が滲んでいた。
「……ここで死んだとしても、未練なんてないわ」
　憧憬を含んだ呟きは、複数の靴音と剣戟に掻き消される。

「ここが発生源なのかい？」
　サキリ・デイジーカッターが瞬間移動で姿を現し、通信機で連絡を入れる。
「動けるなら坂内さんとリンコさんも来て貰えないか。戦力が欲しい」
　サキリがナイフを振るい始めると、ブリジット・アーチャー、小山内海、桜庭円も賑やかに現れる。
「円、海、影入りから倒す方がいいみたいよ！」
『了解』
　海が左右の棍を両手に持って二刀流で立ち向かう。
　円はボクシングステップを駆使して、ホール中央で青龍刀を大振りに振り回す。
「アチョー！　回転！　回転！」
　提灯が無差別に切りつけられてゆく。
　外に、バイクのエンジン音が響いた。
　新田亮がバイクごと窓をぶち破って飛び込んでくる。
　それと同時に、正面の扉から玄関ホールに飛び込んできたのは、如月庚、屋敷野梢、志波武道。
「Leidenschaft参上でーす！　あとあとー、この方々も！」
　激しい音を立てて亮が飛び込んできたのと反対側の窓がぶち破られた。
　突っ込んできたのはリンコが運転するバイク。後部座席に翻る赤いコートは――坂内梨香だ。
「サキリ君、連絡ありがとう。待たせたわね」
　Ｒ＆Ｒの若きボスは血色もよく、瞳に力強さが戻り、完全復活したようである。
「メイユ！」
　そこに飛び込んで来たのはユチェン。それを追って、夜海霧楓、音海なぎさ、恵御納夏夜、伏見真。
　彼らは、楓の提案で、鎮圧する算段が付くまで物陰に身を潜めていたのだ。
　焦れるユチェンや仲間たちを、楓はこう言って押しとどめていた。
　――狙撃の心と一緒だよ。状況が悪化しても喉元を突けば一瞬で覆る。機を待て。
　機は訪れた。
　瓢が提灯を吹き飛ばして道を作り、仲間たちが完全集結した今ならば、数も力でも負けはしまい。

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