＜零神探訪＞紅燈火街（レッドランタン・タウン）｜リアクション

＜零神探訪＞紅燈火街（レッドランタン・タウン）

●熱狂

　大通りには混乱と熱狂が広がっていた。
　提灯は次から次へと変異してゆく。
　それと同じくらいの速さで『火祭り』の言葉も伝わってゆく。人々が提灯と闘い、燃やす行為は、もう止まらない。提灯は空を飛び、襲い掛かってくる。大道芸だ、祭りだ、賞品があると煽られた人々は、提灯に立ち向かわない選択肢を見失ってしまっている。
　だからと言って仮に『火祭り』はウソだと言って回ったとして……襲ってくる無数の提灯をどうする？
　今はもう、瓢が作った状況を活かして、戦えるだけ戦うしかない。
「……これでいくつめ？　もう数えるのも億劫になってきたわ」
　サーベルを振るい、朝鳥さゆるは提灯を切り捨てる。
　背中合わせに戦う神薙焔も、肩で息をせずにはいられない。
「一体一体は大した相手じゃないケド、数が多くて辛いわね」
　影の入った提灯を叩き切り、倒れている男性を助けると、焔は肉まんを差し出した。
「……意識を取り戻したわね、あなた、何か知らないかしら？　あ、肉まん食べる？」
「ありがとう。……まったく何が起こっているのやら」
「提灯の中にいるときって何か見たり聞いたりしてないの？」
「そういえば……巨大な提灯の夢を見た。中に、光る珠を抱いた女の子が眠ってるんだ……寂しげに」
　この夢の話は、提灯から助け出した人たちが異口同音に語ったものだった。
「巨大な提灯と珠を抱いた女の子の夢……何の意味があるのかしら？」
　そのとき物陰から手招きする人がいた。
　体力を温存するため極力戦いに加わらないようにしていた八神修である。
　彼の手には通信機があり、彼の耳には夏夜からの報告が届いていた。
　フェンとミンが無事に見つかったコト。Leidenschaftが隠れ家に送り届けている最中なコト。発生源は街の北西にある紅火楼である可能性が高いコト。紅火楼にはユチェンの元仲間、メイユがいるコト――。
　修がガイドのドアンに問い合わせると、街の北西は花街で、紅火楼はその中でも一番の妓楼だということだった。年齢から考えてメイユはまだ客を取ることはしていないだろうけれど、見習いとしてお姉さま方の小間使いをしたり、男を喜ばせるための礼儀作法や芸を学んだりしているのではないか、とドアンは言った。
　様々な情報とともに、修は今強く抱いている考えを伝える。
「元を断たないときりがない」
「同感。ここはしばらく、街の人に任せて元凶を辿りましょう」
「そうだな」
　修は、御剣刀も呼び寄せ、地図を開く。
　刀が地図を覗き込む。今いる場所は大通りの西側。
「紅火楼へは、ここから北へまっすぐか」
「ああ。行こう、原因を探って元を断つ！」

◇

　隠れ家にフェンとミンを送り届けた亮は、仲間たちが梨香と話している間に、屋根に上って街の様子を見渡してみる。大通りの方は、祭りの喧噪めいた賑やかさと明るさが空を照らしだしている。一方、街の北西方向に目を向ければ、自分たちが提灯を壊滅させたあたりはぽっかりと穴が空いたように暗く、その向こうに燃えるように真っ赤な中国風の楼閣が見えた。花街一帯の中で唯一の三階建てである。
「あれが、紅火楼か？」
　自分たちが一度提灯を殲滅させ、暗闇を作ったからこそわかる。
　紅火楼から赤い光がぽつぽつと湧き出るように広がってゆくさまが。

◇

　十分なだけ扇動して回った瓢は、街の人たちも次々と提灯に立ち向かい火をかける様を満足そうに眺める。
「裏も表もお祭り騒ぎにボヤ騒ぎ。火事場泥棒をするにはもってこいな状況だよぃ」
　夏夜から連絡を受けたR&RやLeidenschaftのメンバーが気を配っているおかげと、街の人たちもまだ理性が残っているのとで、幸い町中が火に包まれるような事態には至っていない。そうは言っても大通りは火祭りで宴もたけなわ、裏通りは化け提灯と戦うので必死といった状況で、瓢のことを気に掛ける人はひとりもいない。
　妖怪も神魂絡みなら、路地裏商店で不思議な一品に出会えるかもしれんねぇ、とひょこひょこ歩けば、店番の消えた路地裏の店頭で『呪いの仮面』と書かれた骸骨じみた面に遭遇する。青白い面に落ち窪んだ黒い穴のような目、歯をむき出しにして嗤うその面に瓢の視線は吸い寄せられる。
「なになに……『被ると霊に取りつかれる』……？」
　本当かウソかは定かではないが、面白い。
　瓢はその仮面を引っ掴むと懐に仕舞ってまた駆け出す。