【３】

　殆どの星ヶ丘寮生はラウンジに集合していたが、一部の寮生は部屋（という名の一戸建て）の中で集まって勉強する場合もあった。
　寮生が許可を取れば、外部の生徒もその寮生の部屋に出入りできるのだ。
　その中で最たる集まりが、寝子島☆美食クラブ主催の勉強会である！
「よォこそ！　ソワカちゃんハウスへ！」
　部屋主の岩国 ソワカが案内する自室に、参加した美食メンバーは目を疑った。
　内装が原色過多なサイケデリック仕様。
　金の卵を産むサンマさん像、ゲラゲラ笑う島猫人形、アフリカの秘境の村で御神体にされてそうな怪しいお面など、インテリアもかなり胡散臭いものばかり。
　はっきり言って、ここは勉強向きではない。
　というか家主に似てフリーダム過ぎる。
「まぁ、カオスで勉学に不向きなのは狙ってますから。つまりそれがイイッ！　あ、そのボタンは押さないでくださいね？　自爆ボタンですから」
「何で自室に自爆ボタン常設してんだよ！？」
　六月一日宮 檸檬、あまりの不条理空間にツッコミ属性の血が騒ぎだした。
「部長の部屋って某チョコレート工場ってよりも魔女がいる結界内ってイメージに近いような気がする！！　今この場でインテリアが動いたって不思議じゃねーし！」
「あ、どれか１つは丑三つ時に動きまーす、キャハハッ！」
　岩国のジョークだと分かっていても、素直に飲み込めない美食メンバーである。
「今夜は皆さんと一緒に勉強できてとても嬉しいです。ひとりぼっちは寂しいですよね？　いいですよ、一緒にいてあげましょう！」
「ボタン押さなくても自爆フラグ立っちゃう！？」
　岩国の剣呑なボケに六月一日宮は必死に食らいついていった。
　そんな２人のやり取りを生暖かく見守りつつ、他の美食メンバーが部屋へ上がり込んだ。
「……どーにも前の因縁のせいでなんとも言えない気分だが……、まぁいい。目の前のカオスで全て吹っ飛んだ。知った事か」
　如月 庚は以前、星ヶ丘寮で起きた事件に関わった時にちょっと色々とあったりするのだが、眼前のボケとツッコミの応酬で因縁とか、正直どーでもよくなってしまった。
「俺も皆さんが頑張るならご一緒しますよ～。よろしくお願いしますねぇ♪」
　余裕しゃくしゃくな態度の加瀬 礼二、自身のテスト勉強は既に安泰といったところだろう。
「私、テスト勉強捗らなかったアル……。みんなに教えてもらうアルよ！」
　お団子ヘアーの畑中 華菜子は数学が苦手だと打ち明けた。
「あれー？　畑中くんちはラーメン屋さんだよねー？　レジ打ちしてたの見たことあるよー？　計算苦手なイメージが沸かないねー？」
　首を傾げる三ヶ島 葵に、畑中が苦笑いのまま答える。
「お釣りの計算は得意アル。でも公式を使った文章問題になると途端にチンプンカンプンになるアル……」
「あるよね～、そういうの。好きな事や習慣なら間違えないけど、テストとなるとグンッってハードル上がる感じ？」
　高尾 日菜はこくこくと頷きながら畑中に同意。
「華菜子ちゃんにも数学教えてあげたいけど、今回はごめん！　先約があるから……」
　高尾はちらり、と横にいる葛城 璃人を見遣る。
　葛城もそれに気が付いたのか、急にソワソワしだした。
「日菜さんに数学を教えてもらうのですよーっ！　代わりにりぃが古文を日菜さんに教えるのです！　教え合いなのですっ」
　これに畑中が目をパチクリ。
「オシエアイ？　教え“愛”アルか？　つまりイチャラブでアルか？」
「「ちょっ！？」」
　高尾と葛城の声がユニゾンを奏でた。
　そして同時にお互い顔を向け、お互いに頬を染めて、お互い目を泳がせながらも何処か嬉しそうだった。
　そんなお砂糖シーンを蹴飛ばすテンションの美食メンバーがいた。
「おべんきょォーかい！　だのじい！　だのじい！　りひとどのォオ～！　ひなどのォオ～！　あゆむもおじえるでありまず！」
　灰色の髑髏模様付きパーカー。学生証は袋に入れて首から下げた茨姓 歩が参考書らしきものを喜々と掲げて近付いてきた。
「保健はお任せ下ざいですよォオ～！」
「わぁ、すごく立派な参考書だねー！　どれどれ……？」
　高尾が茨姓から本を借りて数ページめくってみた。

　――数秒後、高尾は真っ青な顔して気絶した。

「日菜さん！？」
　葛城は間一髪、高尾を受け止めることに成功。
「一体、あゆむさんはどんな本を……、うッ……」
　葛城は本に記載されているカラー写真を見て絶句した。
　六月一日宮も目を通すと、ガタガタと身体が震えだす。
　そして彼は本の背表紙を確認し、微妙な顔付きをした。
「これ、解剖学の参考書じゃねーか！」
「あゆむの愛読書でありまず！」
　参考書を拾い上げて写真を眺める茨姓が、何故かヨダレを垂らす。
「しかもフルカラー写真とかグロすぎるだろっ？　ってか、高校の中間テストに解剖学は出ねーから！！」
「ほずみやどのォオ～、かいぼーがくは、でずどに出ないでずがァア～？　でも、この腹直筋……、棘肋筋……！　あァ……、食欲ぞぞるいい色でありまず！」
「見るべき点が違うことにびっくりなんだよー！？」
　三ヶ島、茨姓の独自の視点に開いた口が塞がらない。
「是非、醤油を垂らじて、かじりだいでありまずね！」
　溢れるヨダレをしきりに拭いう茨姓。
「あゆむ、丁寧におじえまずよォオ～！」
　そして彼女は上機嫌に美食メンバーへ解剖写真を見せびらかす。
　茨姓の気持ちはありがたいが、好んでグロ写真をすすんで見る美食メンバーはいないようだ。
　だが、美食クラブの帝王ことソワカちゃんには通用しなかった！
「イエスッ！　人体の神秘ッ！　ピンクサーモン色の筋肉フォゥッ！」
　帝王は茨姓が次々と見せる人体解剖写真に全く動じていない。
「私に構わず、皆さんは勉強を始めてください！」
　死亡フラグっぽい台詞を口にする岩国の計らいにより、ようやく他のメンバーも当初の予定に取り掛かり始めた。