【中間テスト】一夜漬け狂騒曲　～寝るなよ？　絶対寝るなよ？～｜リアクション

【中間テスト】一夜漬け狂騒曲　～寝るなよ？　絶対寝るなよ？～

■試験前日17時頃

　貫徹勉強会が始まる約３時間前。
　男子制服を着込んだ浮舟久雨と飄々とした雰囲気の畑生言嗣の２人は、日曜日の図書館でテスト範囲の最終点検を行っていた。
　彼らは日々の勉学の甲斐あってか、一夜漬けに頼らずとも万全の状態で中間テストに臨めるのだった。
「国語の長文問題は一通り文章を読み終えてから問題文を見るといい。何故なら解答は問題文の適切な部分から見付かるのだから。少し時間の無駄を省けるよ」
「そうか、早速活用させてもらうぞ、言嗣」
　畑生の助言に浮舟は静かに口角を緩める。
　最近、浮舟は笑うことを覚えた。
　寝子高での生活が、着実に彼女に変化をもたらせていた。
　そんな彼女が急に子供のように眉を下げると、小さく溜息を吐いた。
「……テストが終われば、また皆と遊べるだろうか？」
　浮舟の独白に、畑生が現文の問題を解きながらそれを拾った。
　くつくつと、笑いながら。
「どうしたのかね、浮舟君？　今から遊ぶ事を考えるなんて、なかなか余裕じゃないか」
　この返しに、浮舟ははっと我に返ると取り繕うように言葉を並べ出す。
「あ……、いや？　私はただ、何も知らなかっただけだ。遊びもそうだが、――こうして大切な仲間や友人と過ごしている日々が楽しくて仕方がない。皆が笑っていられるならば、私、など……」
　畑生がどもる浮舟を意外そうに見詰める。
「浮舟君が心情を吐露するなんて珍しい」
「私だって、人間だ。それに……、最近は信頼できる仲間たちができたからな」
　浮舟の頬に紅色が差す。
「……言嗣も、その一人だ」
　すると彼女は無邪気に破顔一笑。
「ありがとう、言嗣。言嗣のそばにいられて嬉しい」
　浮舟の言葉に、一瞬呆気にとられた顔をする畑生。
　だがすぐに持ち前のポーカーフェイスに戻ると、短く返した。
「同感だよ。私も、浮舟君のそばにいられて光栄だ」
　しばらく、２人の間にもにょもにょとした沈黙が流れる。
「……すまん。言いたかった、それだけだ。……さぁ、勉強を再開しよう」
　沈黙に耐え切れなくなった浮舟が英単語帳に手を伸ばす。
「浮舟君。上下逆さまなのだが？」
「ふぁっ！？」
　畑生の指摘に慌てる浮舟である。
（何故だ……？　何故、私は言嗣を前にすると、こうも胸が苦しくなるのだろうか……？）
　幼少期に教育を詰め込まれ過ぎたせいで遊びを知らない浮舟にとって、今抱えている感情が何なのかを特定する経験や要素が足りていないようだ。
　胸の奥に刺さるトゲのような違和感を、彼女はこの場では解消することができずにいた。
「ところで浮舟君。今夜、各寮と相原教諭の自宅で貫徹勉強会を行うという話は知っているかね？」
　畑生の唐突な問い掛けに、再び虚をつかれた浮舟。
　今の彼女に完璧主義の片鱗は感じられない、フツウの女子のように狼狽していた。
「ん、あ、ああ！　その事なら聞いている。なんでも桜花寮の男女の食堂を１日限定で開放するとか」
　私たちには関係ない話だが、と付け加えると再び英単語帳に目を落とす浮舟。
「いや、待てよ？」
　彼女は顔を上げて何か思案し始めた。
「言嗣も桜花寮だろう？　どうせなら皆の勉強会を支援しないか？　……無論、妙な企みは抜きだぞ？」
「それは名案だ。では桜花寮の諸君には差し入れを用意するとしよう、その場で作ってもいいがね？」
「言嗣が即答とはな。それに台所に立つというのも初耳だ」
　畑生の返答に浮舟は目を丸くした。
　それに畑生は思わせぶりな笑みを浮かべる。
「しかし……、この機会に私の部屋でも来てみるのもいいと思うのだがね？」
「言嗣！　調子に乗るなっ！」
　思わず浮舟は声を張り上げて席を立ってしまう。
　そして周りの視線を感じてすぐに身を縮こませていく。
「まったく、浮舟君は本当に照れ屋さんだ。そこが良いところなのだがね？」
　完全に畑生に弄ばれている彼女は、耳の先まで真っ赤に染まりきっていた。

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