【２】


「明日はテスト！　俺も頑張って勉強するよ！　保健体育を！！」
　意気揚々と、横嶋 下心が無駄に爽やかに宣言した。
「その中でも特に、女性の乳尻太ももの勉強をするよ！！」
　更に余計な言葉を付け足す桃色破廉恥小隊（通称：PEC）隊長の下心に、中間テストに保体はないなんてツッコミは、不要なのだろう。きっと。
　心得ているのか、参謀・草薙 龍八も気にした風も無い。
　悠然と手元のノートPCを操作して、過去の中間テストの問題集を制作している。
　ちなみにここは龍八が確保していた、猫鳴館の階段下のスペース。
　持ち込んだ様々な器具が収まって、龍八が一人居るだけでも狭いのに、下心まで押しかけているものだから、男二人が近接するという暑苦しい構図が出来上がっていた。
　換気しろよ？
「龍ちゃん、エッチな動画マダー……って、さっきから何してるの？」
　持参したエロ本を、じっくり検分していた下心が、きょとんと首を傾げた。
　ディスプレイに並ぶ例題は、どう見ても保体のカテゴリではない。
「ひょっとして龍ちゃんも、テスト勉強？」
「まさか」
　PCを操作する手は休めず、龍八は口元を歪める。
「下心、俺は以前ここの寮生達の性癖リストを作成した。それを元に全員の部屋に、この問題集と一緒にリストに対応した性書を配布する。……後はわかるな？」
　おぉ、と下心の口から感嘆の声が漏れた。
「さすがだよ、龍ちゃん！　……今宵、皆がテスト勉強を徹夜で頑張ろうとしている」
　演技がかった口調で、下心が眉根を寄せる。
「でもそれって、体には良くないよね？　人ってさ危機的状況に陥ると、子孫繁栄の為に性欲が爆発的に増すんだって。つまり……そのハッスルした性欲を、スパッと解消してあげれば、皆 賢者になれるよね？」
　目をキラキラ輝かせて嬉しそうに回答する下心は、雰囲気だけは上手に「取って来い」が出来たのを、誉めてもらいたくてテーブル下から見上げる仔犬に似ている。
　口走る内容が、こんなじゃなければかわいかったかもしれないのに。
　しかし龍八は、その答えに大いに満足して頷く。
「そうだ、下心。賢者モードで賢者になってもらって、色々スッキリ。試験も一発OK！　けどその前に一発！　と丸く収まるな」
　持論を展開する龍八。
　余裕をぶっこく彼は、合理的なゆえに普段から勉強をしているらしい。
「おっぱいプリンや御神体（美少女人形）を作ってる陰で、そんな努力をしていたんだね！」
「フッ、まあな。だが、俺の計画はそれだけじゃ終わらんぞ、下心」
「ええ、まだあるの？」
　次の言葉を、食い入るように待つ下心に、龍八はすでにプリントアウトされた書類の中から、『PEC入隊案内所』（腐女子部門あります）と書かれたピンクの紙を見せ付けた。
「龍ちゃん、君って奴は！　俺、心の汗が止まらなくて前が見えないよ！！」
　下心が、ガっと龍八の肩を掴む。
「配るのは、俺も手伝うよ！」
「ああ、任せたぜソウルメイト！」
　この男達、もはやどこから突っ込んでいいかわからない。


　常盤 四月は人目を憚り、猫鳴館に潜入した。
　何もそんな事をしなくても、勉強会で開放されているのだから、堂々と正面入り口から入ればいいようなものだが。
　四月には、人には言えない、崇高な目的があったのだ。
「生徒会長と鷹取先輩って、前から怪しいと思ってたんだよね～」
　別に彼女は、彼らが悪事を企んでいるとか、そういう一般的な疑いを、向けているわけではない。
「あたしの予想（願望）では、眼鏡はやっぱ受けだよ」
　そういう事である。
　彼女は男同士の、耽美な絡み合いが好きな、いわゆる重度の貴腐人であった。
　腕にはカモフラージュのための、勉強道具の他に、プロの漫画家である四月著のBL本が収まった鞄が、しっかりと抱きかかえられている。
　どちらが怪しいか、わかったものではない。
「前に仕掛けた、愛の巣のテープレコーダーも、そろそろ回収しなきゃね」
　海原 茂は監督役だと言うし、大部屋に人が集まり、留守の部屋が増えたらチャンス！
　抜き足、差し足、忍び足。
　バレそうになったら、じゃん！　ウォールダンボ―（ただのダンボール箱）でやり過ごす。
　なんという計画的犯行。
　元々、雑多で物が溢れた猫鳴館。通りがかった寮生達は、四月の隠れたダンボールを見て、誰だよこんなところに置きっぱにしてるのは、という顔はしたが、深く追求せずに通り過ぎていった。
　そうして、たどり着いた茂の部屋。
　四月いわくの、愛の巣は先の猫鳴館の修繕の際、彼女が茂の部屋に拵えたピンクゾーンであったが、桜崎 巴に廊下側から破壊され、現在は寮生の共有スペースに生まれ変わっていた。
「あぁ～、せっかく作ったのにヒドイよ～！　レコーダーは大丈夫かな？」
　キョロキョロと見回し、物置代わりとして利用されていた押入れのスペースに、四つん這いで潜り込む。
　薄暗いので手探りの感触で、四月は目的の物にアタリをつける。
　BL本がそのままなのは、手に取られなかった事実を示すので、四月にとっては残念極まりないが、テープレコーダーの無事は彼女を喜ばせた。
「むふふ、ちゃんと録れてるといいな～」
　テープレコーダーをしっかりと掴み取り、ゴソゴソと後ろ向きに出てきた四月と鉢合わせたのは、エロテロ作戦遂行中の下心であった。
「はっ……こ、コレは……！」
　咄嗟に言い訳が思いつかず、慌ててテープレコーダーを隠した彼女に、下心が白い歯を見せ、爽やかに親指を立てる。
「ナイス安産型！！」
「ひっ……！？　あ、安産型じゃないもん！！」
　四月が反転して、お尻を隠した。
「照れなくていいんだよ！　小さいのは小さいので魅力があるけど、女の子のお尻は、やっぱりこうふっくらとしていた方が、かわいらしいよね！！　俺は好きだよ！」
「そ、そうかな……って、そうじゃないでしょ、もうっ！」
　と、素直な賛辞を送った下心が、興奮のあまり落とした紙袋から、『おちこぼれ姫のえろぅイケナイ広島』の本が飛び出した。
　四月の目を一寸釘付けにしたそれは、茂が旅行雑誌と言い張っている『おちこぼれ姫シリーズ』。龍八が茂の趣向に合わせて取り寄せた、地方限定発売のレア本だ。
　本当に、いらん事にばかり心血を注ぐ男である。
「その本はっ？」
「テスト勉強を頑張る皆への、俺達からのプレゼントさ！　中間テストの過去の問題集も同封したよ」
「ふうん？」
　臆面無いどころか、むしろ誇らしげに言う下心に、四月はあっけに取られたが、ついでだからと交渉して、自分のBL本の新刊も同封させてもらう事にした。
　自分が描いた事は、無論秘密のまま。


　かくして、猫鳴館でWエロテロが実行された。
　勉強会を前に、騒がしく色めきたつ寮生達を確認し、龍八は黒い笑みを浮かべた。
「よくやった、ソウルメイト！　これで皆、賢者になれるぞ」
「やったね、龍ちゃん！　皆、喜んでくれたよね」
「当然だろ、相棒。勉強したこと覚えてればいいけどな……ククク……撤収！」

　四月はと言えば新作のネタのため、そのまま勉強会に参入した。
「鷹取先輩×生徒会長の証拠画像を掴むまでは、帰れないッ！」
　悪い予感しかしない。


　勉強会に集まる者たちを、あさっての方向へ熱烈な歓迎をした、寮生もいた。
　骨削 瓢は修繕の際に取り付けた防犯モードを発動。
　チャイムが鳴らされると同時に、階段滑り台にうっかり足を踏み込んだ……というか、普通に階段を利用していた寮生は滑り落ちる。落ちてきた金ダライに、したたかに頭を打った者もあった。
「犯人は仕掛けの傍にいるはずだ、捕まえるぞ鷹取」
「はいはいっと」
　猫鳴館の監督を任された海原 茂と鷹取 洋二ペアが、この騒ぎを放置するはずもなく。
　陰でほくそ笑んでいた瓢は、あっけなく見つかり、首根っこ捕まえられてズルズル大部屋に引きずっていかれたのであった。