【11】

　日付が変わって、丑三つ時になろうかという頃。
　行梨が和英辞書を片手にキリッとした表情のまま佐伯に話しかけた。
「メリーちゃんメリーちゃん」
「なぁに、まいけるちゃん？」
　まいける、とは佐伯の行梨に対する呼称のようだ。
「俺もつい最近知ったんだが、『まいけるは犬にまみれていました』は英訳すると『まいける わず わんだほー』になるらしいぞ」
　行梨のデタラメ知識に感化されたのか、佐伯も知っている英文を行梨に教えてあげた。
「私もちょっとは最近英語を覚えたんだよっ！　例えば『あいきゃんふらーい！』とか、『さーちあんどですとろーい！』とか！　意味はねー、最初は『もう何も怖くない』で次が『首置いてけ』なんだって！　それと『わんだほー！』も知ってるよ！」　
「その『わんだほー』っていうのは、『犬にまみれてました』という意味の動詞だ。覚えておくがいい、メリーちゃん」
「え、そうだったの！？　こんな難しい英語を知っているなんて、まいけるちゃんは頭良くてすごいねっ！」
「いやいや、すごくないぞ。英語って難しいな、メリーちゃん……！」
「ねー？　難しいよねー、まいけるちゃん？」
　この佐伯と行梨のバカ会話に業を煮やした水城、２人に苦言を呈した。
「こらこら、遊んでる時間はないのよ？　まだ中学二年の１学期レベルじゃない？」
　予定より大幅に出遅れている彼女の授業。
　あまりにも行梨をはじめとする元凶ズの理解力の無さに、水城の心が何度も折れそうになっていた。
「本来のテスト範囲までまだまだ届いていないんだから、急ぐわよ！」
　しかし、水城の知識詰め込み量は、既に行梨の記憶許容量を遥かに凌駕していた。
「ううむ……。全教科壊滅的なババロアブレーンな俺なので、理解どころかこのままじゃ勉強する気力が保たないでござるよ～」
　かといって、猛威を振るっている赤と青のドリンクを飲むわけにはいかない。
　ニッチもサッチも行かなくなった行梨。
「かくなる上は……、これしかない！」
　行梨は女性メンバーに向けて、綺麗な所作で土下座をしだしたのだ！
「名付けて、『この卑しい豚めにご褒美ください作戦』ッ！！」
「なに、その作戦……？」
　久坂が首を傾げると、行梨は土下座したまま右手にウサギさんパペットを装着。
　裏声で解説キャラっぽい演技をおっぱじめた。
「（裏声）説明しよう！　『この卑しい豚めにご褒美ください作戦』略して『卑豚』とは！
　行梨君がテストで良い点とれたらバニーコスしてくださいと女子におねだりする“いともたやすく行われるえげつない行為”であるッ！
　バニーコスが見れるなら土下座して懇願することも厭わないッ！
　美少女から踏み付けられても構わないッ！
　プライドなんてプライスレスッ！　誰かおなしゃーす！」
　ウサギさんパペットまで土下座させる行梨の熱意に、女性陣４名はそれぞれ異なる反応を示した。
「へ、変態！　この変態ウサギスキー！！　行梨君、そんなこと言ってると、ここで永眠させるわよ！？」
　ドス黒い微笑みを浮かべる鴻上。
「鴻上さん、落ち着いて。どうどうどう。うーん、うさ耳ではないけれど、ご褒美があったほうが捗るかしら？」
　水城は彼の提案の趣旨を真面目に考察し始めた。
　回転院は目を輝かせながら、ずびしっと行梨を指差した。
「うたうちゃんの何もかもをかなぐり捨てたその懇願！　たまちゃんそーゆーの嫌いじゃないよ！！　うむ！　着替えるのはやぶさかではないけれど、でも正直めんどいねー！」
「たまちゃん！　そこをなんとか！」
　行梨、好感触と分かるや否や回転院に畳み込んだ。
「えー？　じゃー、メリーちゃんがうさしゃんになるならー、僕はそれを見てきゃっきゃしとくよん！」
　話を振られた佐伯に５人の視線が集まる。
「うん、分かった！　うさぎちゃんだよね！　あのセクシーで網タイツーなアレ！　胸元がキツそうだけど……、私、頑張る！」
　佐伯は力強く頷いた。
　すかさず鴻上がツッコミを入れる。
「ちょっとー！？　メリーちゃん、こんなド変態の欲求に付き合わなくていいから！」
「まって、鴻上さん。ご褒美による『ぶら下げたニンジン』効果を甘く見ないほうがいいわ」
　水城が名探偵ばりの推理ポーズを披露し始めた。
「人間のモチベーションを上げるには対価をチラつかせればいいって、昔から言う事に嘘はないもの」
「じゃあ、水城もバニーコスするの……？」
　久坂、ぼーっとしている割にぶっこんだ質問をかます。
「いや、それはないわ」
　水城、即答だった。
「うさぎ以外でモチベーションが上がる方法を模索しましょう。これは勉強よりも優先すべき事よ」
「えっ？」
　水城の強い口調に、鴻上が呆気にとられてしまった。
　水城はもはや勉強よりも議論のことで頭がいっぱいだ。
「というわけで、『第一回チキチキやる気ＵＰ必要なのは何じゃろな？会議』を開催するわよ。意見がある人は挙手してちょうだい」
「はい！　羊さんがいいでーす！」
「メリーちゃん、約束はどうした？　メリーちゃんはウサギさんではなく羊さんになるつもりか？」
「行梨、もうこの際だから……、折衷案で猫でいいんじゃないかな……？」
「久坂君、猫を推すに当たっての明確な根拠の提示をお願いするわ」
「えー、めんどくさいー」
「おーい！　水城さん、メリーちゃん、行梨君に久坂君ー！？　今はそれどころじゃないよー！！」
　鴻上の必死の呼び掛けも効果なく、バカ達のブレインストーミングはこれから１時間弱も続く。

（１時間後）

　
「ふー、楽しんだねー！　お泊り会って楽しいねー！　おやすみなさーい！」
　そう言って金色の謎ドリンク『ぶっとびネハンＸ』を飲み干して永眠（笑）した回転院に続き、ツッコミの鴻上もウトウトしているところにネハンＸの破壊力に打ち負かされてしまった。
「僕は寝るよ、なんとしても寝るよ」
　そう言い張る久坂は、配布されたネハンＸを煽って幸せそうな顔のまま昏倒。
「おやすみなさい……」
　彼自身としてはとても頑張った今夜。
　どうか安らかに眠ってほしい。
「あら、もう寝ちゃってるのね……」
　水城、のんきに『ウサギか猫か羊か？』でノートにびっしり意見を書き込んでいたので、３人が脱落したことにようやく気が付いた。
　２人とも再起不能に近い状態だが、ドリンク剤だから翌朝には復活するはずである。
「メリーちゃんがバニーコスするなら、俺のウサギさんシャープペンシルが火を噴くぜー」
　棒読み調子のまま表情筋が仕事しない行梨も、宣言から５秒後には持参したウサギさん抱き枕を抱いてダイブトゥドリーム。
　そこへ漏斗で行梨の口に無理やり注がれるネハンＸ。
「らビッちゅ！？」
　謎の断末魔を上げ、行梨もまた戦線離脱していった。
「あら、まゆ先生？　そ、その手にもっている怪しげなドリンクは一体……？」
「渚ちゃんも、１本逝っとくー？」
　大天使の笑顔のまま黄金汁を水城に飲ませようと迫る相原先生！
「え、え？　心なしか『いく』の漢字が違って聞こえたような？　待って、いや、そんな無理矢理口に押し付けても入らないですって、もご――！？」
　水城の顔面に黄金汁がぶっかけられ、まるで新手のパックにも見える状態のまま、彼女は意識を手放していった。
　
　休憩時間。相原先生自害（笑）後の居間にて。
「あれー？　みんな寝ちゃったー」
　佐伯がうたた寝から起きると、死屍累々の仲間たち、そして大量のサンドウィッチとおにぎりの山が。
　とりあえず、サンドウィッチとおにぎりを食べながら、佐伯は考えた。
「人間、無理しちゃ駄目だよねー。まゆちゃん先生も寝てるし、みんなどっか行っちゃてるのかな？」
　しばらくすると、休憩から桃川や講師陣が戻ってきた。
「ぎゃー！　まゆたんが黄金水飲んで自害してるー！？」
　冴木 白虎が血相を変えて狼狽。
　それに対して冷静な鷹峰 凪は、相原先生を抱きかかえる。
「クロちゃん……、直ぐにお風呂の準備を。体を温めれば意識が戻るはずよ……」
「分かった！　すぐ準備するからな！」
　吉祥寺 黒子が慌てて居間を飛び出した。
「さて……、シロ、風呂へ急ぐわよ～……」
　相原先生をお姫様抱っこした鷹峰が怪しくニヤける。
　その意図を汲み取った悪友の白虎。
「お、女の子同士、裸の付き合いしてもいいよね！　ね！」
「おい、変態姉！　まゆ先生から離れぶべら！？」
　相原先生の貞操の危機にナイトとして立ち向かった弟の冴木 竜司だが、姉・白虎のグーパンチ１撃で粉砕された。
「いいわね、幼女ハーレム……。また夏の祭典のネタが充実するわ～……」
「これは合法！　単なる介抱！　やましい気持ちはないよ！　うぇっへっへっへ！」
　こうして相原先生は元教え子２名と巻き込まれた１名と共に朝風呂を満喫（意味深）することとなる。