ぎゅーっ♪　しちゃおう！｜リアクション

ぎゅーっ♪　しちゃおう！

　星ヶ丘寮の大きな窓から初夏の爽やかさを散りばめた日差しが柔らかく降り注ぐ。窓辺で勉強をしていた八神修は、カタンと筆記具を置くと透けるような茶色の髪を輝かせながらうーんと大きな伸びをした。
　どれくらい時間が経ったのだろうかと卓上の時計を見る。と、すぐその横の女の子と目があった。
　それは、写真立てに収まる七夜あおい。エプロン姿でケーキを載せた皿を手にしている。勿論隣には修も色違いのエプロンで写っているのだが、修は自分を見てうっとりする趣味はない。とういか、そこに誰がいようが、修の目にはあおいしか映らないのだ。
　それは修とあおいが一緒にケーキを作った時の写真。真っ直ぐな笑顔を見せるあおいの瞳に、修の胸はきゅうと締め付けられた。
　好きだ。
　彼女を前にしてはその想いしか浮かんでこない。それに付随する様々な感情は呆れるほど湧いて出るのに。
　眩しい笑顔。君の優しさ。心震わす可愛らしい声。君への愛しさ。
　写真立てを持つ手に力が入る。溢れる想い。甘い心の熱さにやられてしまったのだろうか。修はあおいをぎゅうと抱きしめたくなった。
　違うぞ俺。これ写真だし！
　両手で写真立てを持ちながら修は端正な眉をひそめる。写真ハグとか子供か俺は。ぎゅっとしたいのは本人で、写真じゃないぞ。
（てか本人をぎゅ……）
　そこに行き着いた途端、修は目を閉じて俯いてしまう。そして突然ブンブンと頭を振り、「ぐあっ」と天井に向かって叫んだ。
　本人もダメだろ！　セクハラ！　ダメ！　絶対！
　……青い春の煩悩真っ盛りである。

　修は丁寧に写真立てを机に戻すと、ぽりぽりと頭を掻いた。どうも、今日は何かおかしい。すると下から「ワン！」と元気な鳴き声がした。
「カーキー。見てたのか」
　修の足元で、ペットの柴犬がその黒々とした瞳を彼に向け、ハッハと口を開けている。カーキーは床に置いたリードを咥えると、もう１度つぶらな瞳で修をじっと見た。
「散歩のおねだりか。頭良いなぁお前は。もうっ、可愛い」
　修はカーキーをぎゅーっと抱きしめる。嬉しさにちぎれんばかりに振るカーキーの尻尾が修の足に当たり、愛しさが一層増した。

　そのままカーキーを抱いて修は階下に降りる。すると修の匂いに勘づいたのか、シェパードのカールとラブラドールのカエサルも尻尾を振りながら修に近付いてきた。
　きっと彼らも修の勉強が終わるのを辛抱強く待っていたのだろう。嬉しそうに修の足元を歩き回る彼らに、修の目が細くなった。
「カールとカエサルもお待たせ」
　修はしゃがんで３匹まとめてぎゅうと抱きしめてやる。遊んでも大丈夫だと分かった３匹は遠慮無く修にじゃれつき、修はしばらく大きな毛玉達と遊んでやった。

「……よし、じゃあ皆で散歩に行こうか」
　わしわしと３匹を撫でれば、彼らはきちんとお座りをし直して、「ワン！」と元気に声を揃える。
「良い返事だなぁ」
　修は笑顔で彼らを見ると、リードをあと２本取って来る。そしてお行儀良く待っている彼らの首輪にそれぞれ着けてやった。
「できたぞ」
　ぽんとその体を叩けば、ちょっと彼らは誇らしそうに修を見る。そんな彼らが可愛くて仕方がなくて、修はもう１度彼らのそのもふもふな体をぎゅっと抱きしめた。
　彼らの掛け値無い愛情がその温かさから伝わってくる。俺の大好きな気持ちも伝わってるかい？
　修はしばらく彼らの体温を楽しんだ後、リードを掴んで扉を開けた。
「よし、行こう！」
　３匹と１人は初夏の緑に飛び出した。

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