ぎゅーっ♪　しちゃおう！｜リアクション

ぎゅーっ♪　しちゃおう！

　相撲部のマネージャーとなった化神小次郎の毎日は充実していた。なぜなら。
（うへへ、熊センセーのまわし姿……！）
　部員に檄を飛ばす顧問吉田熊吉の横顔と見事な腹を見れば、小次郎の頬はだらしなく緩んでしまう。
　あの筋肉質なぶっとい腕。それと相対するような柔らかいお腹。もっさい眉毛の下のつぶらな瞳を見れば、日々の疲れなど吹っ飛んでしまうというものだ（いや、無精髭おっさんを見てJKがそんな思いを抱く事はあんまないと思いますが）。
　一般的に見たら小次郎は熊吉に恋していると言えるだろう。けれどもその点に関しては小次郎は全力絶賛否定中だった。
（べ、別に熊センセーなんて好きじゃねーし！）
　そんな事を思う小次郎だが、熊吉に声を掛けられれば内心飛び上がるほど嬉しく、熊吉が部活動に来られない日は何だかしょんぼりしてしまう日々を送っていた。

　それは、部活中の事だった。
「あいつ最近伸び悩んでるんだ。どう思う？　化神」
「んー、確かに気合い入ってねぇなって思うけど」
　部員達のぶつかり稽古を土俵より少し離れたところで見守りながら、熊吉と小次郎は話していた。
　こんな風に隣で話せば、いつも小次郎の豊かな胸はとくんとくんと小さく高鳴ってしまう。しかし、今日は違っていた。
　とくんとくんどころか……ドクンドクンのバックバクになってしまったのだ。
（あ、あれ？　なんだか急に熊センセーを抱きしめたいぞ？）
　突然の熱い想いに小次郎は戸惑う。しかし神魂はそんな事知ったこっちゃない。
（えっえっえっまずいって…………ひぇぇ！）
　ぎゅう～～～。
　小次郎は熊吉の弾力ある体に飛びついていた。

　自分の胸がたわんとして熊吉の胸にぶつかり。自分のお腹は熊吉のたゆんとした腹に包まれた。
（うぎゃぁぁぁぁ！！！　恥ずかしい！　恥ずかしい！　恥ずかしい！）
　頭の中は大パニックだが、それでも小次郎は熊吉の体に回した手を離せない。それどころか巨体に全然回しきれない手を何とか近付けようと、更にぐいぐい力を入れてしまう始末だ。
（何やってんだあたしはぁぁぁあぁあ！）
　……くっきりはっきりと抱きついてますね。それも神魂の影響なのだからしょうがないのだが、本人はそれに気が付いていても周囲はそうは見てくれない。部員達がどうしたんだとざわざわし始める中、頭上からぶっとい声が降ってきた。
「……化神？」
「えっ、えっと」
　抱きつきながら見上げれば、怪訝そうな顔で自分を見つめるつぶらな瞳。ボンッと小次郎が爆発した。
「こ、これは相撲の練習！　がぶり寄りで押し出し！」
「練習？　……そうか！」
　熊吉のちっちゃい瞳がきらりと輝いた。
「おら！　お前らが気合いが入らないからマネージャー自らがお手本を見せてくれてるんだぞ！　いいか、土俵際ではこうやってぎりぎりまで粘って……」
　周囲を見渡し大声で言うと、熊吉はぐいっと小次郎を引き寄せた。
（嘘っ！　熊センセー何してくれちゃってんの！　うわああ心臓めっちゃドキドキしてる！）
「そしてこうやって体をだな……」
（あ、あたし熊センセーと横綱昇進してあびせ倒しで死んじゃうぅぅ！）
「お、おい化神？！」
　突然力が抜けた小次郎に驚き、熊吉は彼女に呼びかける。
　小次郎は……完全に消し炭になっていた。

　そしていつぞやの時のようにまたもや目が覚めたら保健室。
（うわぁぁぁああ！　やっちまったああ！）
　シーツにくるまり悶絶する小次郎。あのがっしりとした、それでいて柔らかい感触が自分の腕にないのがまた寂しかったりして。
（でも……）
　蓑虫状態のまま、ふと小次郎は思った。
　あの時溢れ出た抱きしめたいという気持ち。あたしは別に熊センセーの事好きでも何でも無いはずなのに……抱きしめても嫌じゃなかった。
　誰にも見えないシーツの中で。１人頬を桜色に染める小次郎だった。