ぎゅーっ♪　しちゃおう！｜リアクション

ぎゅーっ♪　しちゃおう！

　時折吹く涼やかな風も、トラックを走り続けていた青物といきの体を冷ます事はできない。走り込みを続けていたといきはふらふらとトラックを離れると、膝に手を当て上がる息を整える。つう、と頬を汗が伝った。
（ちょっと……走りすぎたかな）
　元々といきは陸上部として真面目に練習をしていたが、ここ最近は周囲も驚くほど根を詰めていた。
　走って、走って、走りまくる。といきの背中を、顧問浅井幸太との約束がぐいぐいと押していた。
『先生のためにタイム縮めるから！』
　それが幸太への誕生日プレゼント。最高の結果をプレゼントしたいとといきは張り切っていた。
　それに、部活に出れば幸太に会える。２年生に進級して幸太が担任ではなくなってしまったといき。けなげな恋心は健在だ。
　とは言え、どうやらといきは大分走っていたようだ。
「おーい、青物！　いい加減上がれー」
「はにゃ？！」
　幸太の声が聞こえてといきは顔を上げた。周囲に部員の姿はなく、いつの間にか練習はとっくに終わっていたらしい。
「ふええ～っ」
　酷使した足と体を引き摺るように、といきは幸太の元へ歩いて行った。

「青物。練習はいいが、ほどほどにしないとダメだぞ。体を壊したら元も子もないからな」
　幸太が腰に手を当てながら少し怒ったように、それでも声音はあくまでも優しく言う。
「は、は～い」
　そんな優しい叱責が嬉しくて、といきがへへと笑って顔を上げた時だった。
　今までどれだけ幸太が大好きだと思っても、といきは本当の本当の気持ちは言葉にも態度にも出した事はなかった。まあ、少々顔が赤くなる事はあったけど。
　それなのに、幸太の顔を見た瞬間。ぶわっと気持ちが溢れ出し、気が付いたらといきは幸太を抱きしめていた。

（ああ、先生だ）
　といきはすり、と幸太に頭を擦りつけた。いつも部活を見てくれているそのジャージ姿。ずっと、触れたかった。
　ひたすらに、幸せだった。あなたの体温、匂い、鼓動。夢じゃない。私は先生の胸の中にいる。
（大好き）
　ぎゅうっとといきは一層幸太を抱きしめた。たくさんの想いを私はこの腕に込める事が出来る。そしてこの想いがあなたに伝わって欲しいとも思うけど。けれどもそれよりも。
　私は今とっても幸せです。―――あなたも私といて幸せと感じてくれればいいのに。

「……青物？」
　幸太の小さな声がしてハッとといきは我に返った。ぱっと顔を上げれば至近距離に少し頬を赤らめたような幸太の顔。ボボボッとといきが首まで赤くなった。
「は、はにゃにゃにゃ！　いやこれはその、事故というか……！」
　事故ではなく神魂だとも言えず。といきは２、３歩後ずさりすると、へにゃへにゃとその場にへたり込んだ。
「青物？！」
「えへへ……といきちょっと無理しすぎちゃった……にゃー……」
　その言葉を最後にといきの体がぐらりと傾く。慌てて差し出された幸太の腕の中で、といきはコテンと倒れ込んだ。

　ふわりと浮く感覚にといきは無意識に微笑んでいた。無理をしすぎたのはきっと心。だから今自分がどうなっているかは知らないでおこう。先生が私を抱き上げているような気がするけれど。
　……これ以上心があなたでいっぱいになったら、私はどうなってしまうか分からないから。

このページにイラストを設定する