ぼくのわたしの好きな時間｜リアクション

ぼくのわたしの好きな時間

　壬生由貴奈は、クッキーを食べるのが好き。
　それから、クッキーを自分で作る時間も、由貴奈の心を楽しませるものだ。

「ふぁ～……」
　すっかり夜も更け、子供は勿論、大学生だってそろそろ眠くなる時刻のこと。
　口元を押さえて欠伸をしたあと、由貴奈は目をぱしぱしとさせた。
「ねむ……このまま寝ちゃってもいいんだけど……」
　とは言いながらも、由貴奈の足は自然とキッチンに向かう。
　手際良く調理台に広げるのは、小麦粉、卵、バターに砂糖……etc.
「よし、と。やっぱり、寝る前にクッキーは焼いておかないとねぇ」
　うんうんと、ひとり頷く由貴奈。
　クッキー作りは、由貴奈にとって、すっかり自身に染み付いた習慣のようなものだった。
　今宵も持ち歩く分の量を焼く手筈を整え――加えて、新しい味の開発も行うつもりだ。
「ふんふふーん、どんなあーじつっくろー」
　節を付けて口ずさみながら、先ずはと、由貴奈は持ち歩き用のクッキーの生地作りに取り掛かる。
　持ち歩き用のクッキー達は、無難な味に。
「今日はプレーンとレーズン入り、あとはバニラにしよっかなぁ」
　３種の生地を準備し、型を抜く。
　プレーンは満月のようなまんまる、レーズン入りはシックにスクエア、バニラが香るものは可愛い猫……。
　そこまで恙無く準備を終えて、由貴奈は冷蔵庫の中を覗き込んだ。
　新しい味のクッキーの、材料探しだ。
「今日の試作品は……何にしようかなぁ」
　この前のキムチ味と揚げニンニク味はどっちもパッとしなかったなぁ、と思い出す。
　その時ふと目に留まったのは、かき氷に使うシロップの瓶達だ。
「……よし、今日は練乳いちご味とブルーハワイ味にしてみよ」
　シロップの味を思えば、そこまで妙な味にはならないだろう、と想像する由貴奈。
　……初めて試すから、たぶん、ではあるけれど。
　練乳いちごクッキーはハートの形に型を抜き、ブルーハワイ味は少し考えて花の形にした。
　どちらも、試作品ということで数はちょっとだけ。
（基本、持ち歩かないからね）
　そんなことを思いながら、オーブンから香ばしい匂いが漂ってくるのを待つ。やがて。
「――はい、かんせーい」
　由貴奈は、まんまるプレーンをひょいと摘まんで、もしゃもしゃとつまみ食いをした。
　熱々の、まだ少し柔らかいクッキーもまた美味しいものだ。
「……うん、いつも通りいい感じ。作り慣れてればこんなもんだねぇ」
　問題は、愛らしいピンクの練乳いちごと、クッキーらしからぬ色味のブルーハワイだ。
　もぐ、とどちらも１つずつ口に運んで、味わいを確かめる。
「んー、悪くは無い……かなぁ」
　練乳いちごは、もう少し甘さを控えめにすればレギュラーメンバー昇格も夢ではない感じ。
（ブルーハワイは……甘いだけで、ちょっと微妙？）
　もう少しこう、インパクトが欲しいような……と、由貴奈は頭を捻る。
「まあとにかく、今日の成果は、しっかりクッキー帳にメモしなきゃねぇ」
　ぽつと零して、由貴奈はふわりと甘い香りのする焼き立てクッキーを、もう一つ齧った。