ぼくのわたしの好きな時間｜リアクション

ぼくのわたしの好きな時間

　八神修は、図書室と、そこで過ごす時間を気に入っている。
　中でも――時折、七夜あおいと机を囲む時間は、修にとって特別なものだ。
「ねえ、修君。プリントの、ここなんだけどね……」
　放課後の図書室の静謐な空気を、あおいの潜めた声が小さく揺らす。
　修の向かいに座ったあおいが修の方へと向けたのは、１枚のプリントだ。
　修が手ずから作ったものである。
「ああ、ここは……」
　偶に生まれる、小声での会話。
　ささやかなやり取りは、修の心を、清涼剤の如くに潤していく。
（好きな時間は色々あるけど……）
　特に幸せになるのは、好きな場所で、好きな人と過ごすひとときだと、噛み締めずにはいられない。
（それにしても、あおいは頑張り屋だな）
　分かりやすく噛み砕いて問題の解説をしながらも、柔らかく口元を緩める修。
　自身の得意分野があおいの役に立つ喜びは、きらきら輝く宝物のようだ。
「あ、成る程。さすが、修君だね」
　ノートにメモを取りながら、あおいがふわりと笑う。
　そんなあおいへと、修はふっと笑みを返した。
「あおいは偉いな。俺は、あおいの頑張る姿勢を尊敬してるんだ」
「え？　どうしたの、突然」
　ぽつりと漏らせば、手を止めたあおいがくるりと目を丸くする。
「ん、唐突に聞こえた？　前から思ってたことだよ」
「そんなさらっと褒められると、照れるなぁ。……ありがとう、修君」
「いや、俺こそ有難う。プリント、使ってくれて嬉しいよ」
　にこ、と笑顔を向けたなら、あおいもはにかみ笑いを零した。

　プリントの復習を終えたら、下校の時間だ。
「お疲れさま。途中まで一緒に帰ろうか」
　会話が弾むと良いな、と思いながら、図書室を出る。
　並んで歩きながら、修は、自身の部活に縁のある話をした。
「今度、デジタルスポーツ・シューティングの大会があるんだ」
「でじたるすぽーつしゅーてぃんぐ？」
「弾の代わりに、赤外線レーザー光線を使う射撃競技だよ」
「へええ。何だか、未来っぽいね」
　感心したような声を、あおいが漏らす。
　そうしてあおいは、花咲くような笑顔を修に向けた。
「修君、射撃頑張ってるんだね。私はねぇ、今は、料理かな」
「最近、何か作った？」
「ふふ、色々作ってるよ～。この間の休みには、マドレーヌを焼いて……」
「上手くいった？」
「……ちょっと色黒になっちゃったけど、次は、きっと成功する！　……と思う！」
　ぐっと拳を握るあおいを前に、修は優しく笑み崩れる。
　じきに、別れの時間がやってきた。
「話しているとあっと言う間だなぁ」
「ほんとに。びっくりしちゃうよ」
　頷くあおいを前に、修は思う。
（料理も買物も、何でも。好きな人となら、あっと言う間だよね）
　密やかに目を細めれば、あおいが、不意に「そうだ」と呟いた。
「帰ったら、マドレーヌに再挑戦しようかな。修君は？」
「俺？　宿題もすんでるし、猫達と遊ぶかな。帰ると駆け寄ってくるしね」
「わああ、いいなあ」
「素知らぬ顔して玄関で待ってる子もいるよ。でも、俺をチラチラ見てるの」
　くすりとすれば、あおいも楽しそうに笑って。
「じゃあ、猫ちゃん達によろしくね。また学校で」
「うん、また」
　手を振って、去っていくあおいの後ろ姿を見送る修。
　明日も会えればいいな、と、胸の内にあたたかく願いながら。

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