ぼくのわたしの好きな時間｜リアクション

ぼくのわたしの好きな時間

　鴻上彰尋にとって、好きな時間とは何か。
　美味しそうなレシピを見かけて、初めて作る料理にチャレンジする時間。
　特別に作ったものを、相手が美味しそうに食べているのを見ている時間。
　普段は弟と妹に占拠されている自宅のテレビで、演劇のＤＶＤを見られる時間。
　デジタルカメラやスマートフォンで、練習している写真を撮っている時間。
　そして――好きな子と一緒に過ごす時間も、勿論、その中に数えられる。

　それは、日曜日の夜のこと。
　家事を粗方終えて演劇の台本を熱心に読み込んでいた彰尋は、
　――ピロリン！
　とスマートフォンが軽快で明るい音を零したのに、ハッと我に返った。
　台本を捲る手を止めて、スマートフォンへと手を伸ばす。
　ＮＹＡＩＮに、メッセージが届いていた。
（わ、あおいさんだ）
　メッセージの贈り主は、七夜あおい。
　ハートや星の形をした黄金色のクッキーを綺麗に皿へと並べた写真に、
《今日はクッキーを焼いたよ♪　我ながらいい出来！》
　という言葉が添えられていた。
　自然と頬を緩ませながら、彰尋は返事をせんとスマートフォンをさくっと弄る。
《美味しそうだね》
　送信した直後に、また、スマートフォンが鳴った。
　やったぁ♪　と万歳している、可愛らしい猫のスタンプが送られてきている。
　微笑んで、彰尋も、「ナイス！」とＮＹＡＩＮのキャラクターが親指を立てているスタンプを返した。
《クッキー、明日持っていくね。味見してくれると嬉しいな♪》
　お願い！　と、今度は先ほどの猫が手を合わせているスタンプが届く。
　勿論だよ、と彰尋は返事をした。
《楽しみにしてる》
《ありがとう！　あ、でも、会えるかなあ？　金曜は彰尋くんの顔、見なかった気がする》
　あおいの言葉に、少し驚く彰尋。
　確かに、金曜日にはあおいと顔を合わせていない。
（だから余計に、こうしてメッセージをくれたのが凄く嬉しくて……）
　それだけでも胸にあたたかな明かりが灯るようなのに、向こうも金曜日のことを覚えていてくれたなんて。
（――いいな、こういうの）
　日中でも、夜でも。平日も、学校が休みの日も。
　スマートフォン越しの何気ないやりとりが呼ぶこの幸福たるや、と染み入るように感じる。
　こういう時間が、彰尋はとても好きだ。
　嬉しい、と感じるだけではなくて、大切にしたいと思う。
　彰尋は、スマートフォンの画面に、また指を走らせた。
《じゃあ、昼休みに会うのはどうかな？　時間ある？》
《大丈夫だよ！　あ、折角お昼に会うなら、お弁当の新しいおかずにアドバイスもらえないかな？》
《俺で良ければ。貰ってばかりじゃ悪いから、お弁当、俺も何か入れていくよ》
　わーい♪　と今度はうさぎのスタンプが跳ねる。
　口元が、緩く弧を描いた。
（今、一緒の時間を過ごしてるんだな……）
　傍にいなくても、とても近くに彼女の存在がある、今、この瞬間。
（お弁当、何を入れていこう？）
　他愛のない会話は、けれど、彰尋の心を鮮やかに照らした。

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