ゼリンといっしょ｜リアクション

ゼリンといっしょ

　旧市街の細い道を菊地まなが颯爽と歩く。黄色いＴシャツの胸元には柔らかいタッチのアルファベットがデザインされていた。空いたところには赤い可憐な花が舞う。黒い半ズボンは寒さ知らず。元気な足取りで朝の空気を蹴散らした。
　分かれ道に来ると、丸いあずき色の目をキョロキョロと動かす。中年男性が折り畳んだ新聞を小脇に抱えて歩いていた。別の方向には若い女性がいた。カツカツと硬質な足音をさせて駅の方へと足早に向かう。
　まなは少し口を尖らせて頭を振った。光の加減なのか。灰がかったヨモギ色の髪が沈んだ色に見える。
　少し顔を上げた。気を取り直して歩き出す。道の先を確認しながら最寄りの公園へと向かった。
　後ろから子供の笑い声が聞こえてきた。まなの表情がパッと明るくなる。振り返ると道に子供の姿はなかった。笑い声は横手の民家からであった。
　路面を軽く蹴った。強い視線を一方に向けて走り出す。長い髪を風に靡かせて公園の中に突っ込んでいった。
「……ぅー」
　恨めしそうな声が漏れる。誰もいない公園をとぼとぼと歩いて隅っこのベンチに腰掛けた。
　モジモジしながら座っていると軽く頭を押された。
「……ぁー」
　上を見ると緑色の物体が弾むような姿で浮かび、膝の上に落ちてきた。衝撃で上下に揺れている。
「……！」
　見開いた目を元に戻す。膝の上の物体を指先で突いてみた。柔らかくて弾力がある。
「……ぅ」
　顔を近づけた。匂いを嗅いだあと、一部をぺろりと舐めてみた。
　急に顔を上げた。頭の中の声に何度も頷く。
「……ぃ」
　柔らかい物体、ゼリンに覆い被さった。片頬に弾力を受ける。
　蒟蒻の柔らかさを想像したのだろうか。まなのろっこん『耐衝撃性蒟蒻』が発動して身体が柔らかくなる。
「……ぁー」
　まなは立ち上がった。ゼリンは柔らかく地面に着地した。
　その柔らかさに対抗するかのように上体を反らす。地面を両手で支えてブリッジの形となった。
「……ぅー」
　両手の方に重心を掛けて逆立ちの姿勢となり、両足で地面に降り立った。透かさず両腕を左右に開く。誇らしげな顔をゼリンに見せた。
「……ぁ」
　ゼリンが真上に伸びた。細長くなった状態で勢いよく反り返る。輪のような形状で地面を転がった。
「……ぉー」
　まなは膝を抱えた状態で前転を繰り返す。ゼリンは横に並んだ。一緒になって転がった。
　少し息が切れてきた。まなは立ち上がると今度は側転を披露した。目にしたゼリンはプルプルと身体を震わせた。長細い形状となって必死に真似をする。
　まなとゼリンに言葉は必要なかった。互いの行動で存分に語り合う。
　側転の回転が乱れてきた。息遣いが荒くなり、回転の途中で背中の方に傾く。腕は身体を支え切れず、まなは瞬間的に両目を閉じた。
「……ぁー」
　痛みはなかった。背中は柔らかい弾力に包まれていた。倒れる直前にゼリンが滑り込んでクッションの役割を果たしたのだ。
　まなはくるりと回った。俯せの姿でゼリンを抱き締める。柔らかい感触に包まれていると自然に瞼が落ちてきた。
　ゼリンは穏やかな波のように揺れる。まなは安らかな寝息を立てていた。

「……ぅ」
　まなは目覚めた。寝ぼけた様子で周りを窺う。公園は茜色に染め上げられていた。ゼリンをポンポンと軽く叩いて立ち上がる。
「……ぁ」
　まなは頭を下げた。ゼリンは細長くなって先端を軽く曲げた。元に戻ると脹脛の当たりをポンポンと軽く叩いた。
　直後に弾むように離れ、最後に大きく跳んだ。ふわふわと浮かんで空に昇ってゆく。
「……ぁ！」
　まなは空を見上げた。別れの言葉は口にしない。全力で片手を振った。ゼリンは身体の一部を伸ばして振り返す。
「……ぅ！」
　まなは両手を振った。小さな点となったゼリンに振り続けた。
　夕焼け空を見上げた姿で、まなが佇む。掌で両目を擦ると家に向かって走り出した。

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