ゼリンといっしょ｜リアクション

ゼリンといっしょ

　部屋の窓ガラスは寒がりでガタガタと震える。何処からなのか。軋むような音が聞こえてきた。
　猫鳴館の日常で特に気に掛けることではない。しかも、今日は日曜日。起きるには早い時間帯であった。
「もう少し寝ていたかったんだけど……」
　煎餅布団の中で北里雅樹は目を覚ました。ぼんやりした目で薄汚い天井を眺めている。
　すっと上体を起こす。着ていたシャツの皺を気にすることなく顔を横に向けた。ゆっくりと立ち上がって近づいていく。
　迷彩を施した物体が蕩けたような状態で、そこにいた。あまりに奇妙な姿に自然と足が止まる。
　頭の中に声が届き、大まかな説明を受けた。
「これがゼリン？　日曜日で時間はあるが……遊べとか簡単に言われても……」
　不満の声は無視された。雅樹はゼリンを見下ろし、薄い笑いを浮かべた。
「天界のペットらしいが、何をしたい？　最初はあれか、朝ごはんになるのかな」
　優しい声音で問い掛ける。ゼリンは引き伸ばされた口を少し開けた。
「腹が減っているということなのか？　よくわからないが」
　雅樹は押入れの中を探ってみた。不要な物を掻き分ける。出来た隙間に手を突っ込み、焼き鳥の缶詰を掴み出した。
「こんな物でもいいか」
　ゼリンは手の中の缶詰を見詰めている。興味を覚えたのか。のろのろと近づいてきた。
　雅樹は缶詰を開けた。取り外した蓋の一部に焼き鳥を掬い、ゼリンの口元へと持っていく。
「やっぱり食べない、こともないな」
　大きな口を開いて手首まで咥える。身体を少し波打たせた。
「俺の手は食べないでくれよ」
　微妙な笑みで語り掛ける。ゼリンは口を開けた。手を引き抜くと蓋の上の焼き鳥は綺麗に無くなっていた。
　雅樹は缶毎、差し出した。ゼリンは大口を開ける。先程と同じようにして全てを平らげた。
「あっという間だな」
　ゼリンは雅樹を見上げる。身体を波打たせた。その状態で口を開ける。
「あれが最後なんだけど。というか、俺が食べる物まで無くなった。どうするかな」
　ゼリンは口を閉じた。雅樹から少し離れる。悲しそうな目で再び口を開けて見せた。
「ウソじゃなくて本当に何もないんだ」
　ゼリンは口を閉じた。何か言いたそうに口元を動かす。その状態で部屋の隅に身を寄せる。
「拗ねられたかなあ。でも、困った。どうやって時間を潰せばいいのか……」
　思案顔で口を閉ざした。
　野鳥の鳴き声が聞こえる。薄い壁からは何も聞こえて来ない。閑散とした様子だけを伝えてきた。
「散歩はどうかな。今なら寮生が出払っていて、自由に動き回れると思うんだけど」
　ゼリンは近づいてきた。すぐに止まり、何かを考えているようだった。
「この猫鳴館は日当たりが悪い。ジメジメしたところが多くて、好みに合うと思うんだけど、興味はないか？」
　ゼリンは間近まできた。口をパクパクとさせる。
「まあ、あれだ。適当に歩き回っていれば、食べられそうな物も見つかるかもしれないな。たぶん、だけどね」
　ゼリンは玄関に向かう。ドアの手前で振り返り、大きく口を開けた。
「あまり期待されても困る、っていうか」
　雅樹は寝癖の付いた頭を軽く掻いてドアを開けた。緩やかな動きでゼリンが廊下に出ていく。
「食べ物があるところと言えば、そうだな。食堂と娯楽室になるか。あまり期待はできないけどな」
　気だるげな様子で部屋を出た。ゼリンは間もなく廊下の端に寄る。物音をさせないで動き始めた。
「迷彩柄と似合っているね。スネークが好きなのかな」
　思い付きの言葉で軽く笑った。
　食糧調達というミッションの始まりであった。

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