向こう側での落し物｜リアクション

向こう側での落し物

新田亮は見上げたカーブミラーに映った自分が目に入った瞬間、気が遠くなり、気づけば妙な雰囲気の寝子島に立っていた。
　そこで出会った長身の男性、通称ノッポさんに落とし物の捜索を頼まれた亮は協力することにしたのだが。
「ありがとうございます。助かります」
　頭を下げたノッポさんに亮はうなずいた。
「元の世界へ帰れる方法はあなたに頼るしかないので、気にしないで下さい」
　そう言って、商店街へ向かうことにした。落し物は財布だそうだ。
「寝子島と似ているが雰囲気が全く違うな」
　人の気配すらしないので非常に不気味である。
「落とし物と言えば交番だよな。財布なら拾って貰える可能性が高いし、行ってみる価値はあるか。もし無ければ寝子島駅へ行ってみても良さそうだ」
　そんなことを呟きつつ、歩いていると商店街へ到着した。
「骨が折れそうだ」
　と、その時である。
「うわああっ」
　少年らしき声が聞こえてきた。慌てて商店街の細い路地へと入る。
「ん？」
　向こうから十歳前後の少年がかけてくるのが見えた。
「た、助けてぇ」
　その後ろから追いかけて来ているのは、透明な球体だった。まるでスライムのように潰れたり伸びたりしながら迫ってきている。
「俺の後ろに隠れろっ」
　少年に向けて叫ぶ。彼は横をすり抜け、亮の背中に回り込んだ。
「に、兄ちゃん、誰？」
　亮は答えず、息を吸った。
「発動」
　ろっこん、鬼人の体(サード・フォース)だ。
　亮は息を止め、向かってくる球体に構えた。
　間合いに入った瞬間、亮は一歩踏み出して、渾身の右ストレートを叩き込んだ。衝撃は吸収されるかに思えたが、そんなことはなく、粉々に飛び散ったのだった。
「ふー、なんとか助けられたか」
　呼吸を再開し、後ろを振り返る。
「大丈夫か君？　名前はなんと言う？」
　少年は恐怖のためか、縮こまっていた。
「う、うん、ありがとう。強いんだね。名前はキョウ、だよ」
「そうか。お兄さんが君の家まで送るよ」
　少年は嬉しそうに頷いた。
「兄ちゃん、ここで何してたの？」
「財布を探してるんだ。交番に行こうと思ってる」
「僕も一緒に行くよ」
　交番に行きがてら、キョウを自宅まで送ることにした。
　反転していることに気を付けて、交番まで歩くことに。
「こっちの建物が右で……ん？　ここか」
　ようやくたどり着いた交番には、やはり誰もおらず、
「兄ちゃん、あれ」
　キョウが指さした先、交番の床に財布が落ちていたのだった。
　誰かが交番に届けたのだろうが、それを預かったのも拾ったのも誰だかわからない。
　亮はしばらく考えていたが、気にしないことに決めた。
財布を拾おうとする。しかし。
「んん？」
　その財布は床に張りついたように持ち上げることができなかった。
「よ、予想外だ。一体どうなってる？」
　思わず、辺りを見回すと駅舎から出て来た朝鳥さゆると目が合った。
「どうかしたの？」
　気だるそうに聞かれる。するとキョウが説明を始めた。
「兄ちゃんが探してた財布が見つかったんだけど、地面から離れないんだ」
「そう。頑張って。応援してるわ」
「え？　ちょっ」
　さゆるは頷いて、そのまま去って行ってしまった。　
「なんだったんだ……」
「に、兄ちゃん！」
　はっとして顔を上げると、いつの間にか亮の前に制服姿の警官が立っていた。
「！　なっ、いつの間に」
　慌ててろっこんを発動させようとするが、警官は虚ろな瞳で人差し指を立てた。
「ん？」
　指を左右に振ってから、拳を突き出す。
「何が言いたいんだ？」
　拳を突き出し、じっと見つめてくる。
「……」
　亮が戸惑いながらもその拳に自分のそれをくっつけると、
　その瞬間、警官が後ろに倒れた。
「うお！？」
　なんとも意味不明な状況である。
「これは」
「兄ちゃん、財布、拾えるよ！」
「そ、そうか。よしっ」
　亮は床から離せるようになった財布を持ち、キョウと共に交番を後にしたのだった。
「さて、わけがわからなかったが無事に財布を手に入れた。これで寝子島へ帰れるな。喜べ少年」
「え……そ、そうか。なんか寂しいな」
「帰るのが寂しいってどういう事だ？」
　うつむいてしまったキョウに近づくと、体が透け始めた。
「まさか、コイツ人間じゃない！？」
　キョウは悲しげな笑みを浮かべたかと思うと、そのまま空気に溶けるように消えてしまった。
「やれやれ、すっかり騙されていたな」
　ノッポさんの元へ戻って財布を返すと、無事元の寝子島へ帰ることができたのだった。

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向こう側での落し物

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