向こう側での落し物｜リアクション

向こう側での落し物

早朝。
　朝鳥さゆるは寝子島駅のホームで物憂げにベンチに腰かけていた。早起きなどではない。先ほど事を終えて、今から帰るところなのだ。
「少し眠いわ」
　さゆるは小さく欠伸をして、バッグからコンパクトを取り出した。なんとなく開いて自分の顔をチェックする。
　鏡を見ながら目にかかる前髪を払っていたら、いつの間にか駅舎の入り口を背にして立っていた。
「……？」
　なんとなく辺りを見回すと、駅前の様子はいつもの通り、しかしどこか違和感が。よく見ると、建物の位置や道路の形が反転していた。
「これは」
　鏡の中に紛れ込んでしまったのだろうか。
　ふと前方に人が立っていることに気づいた。
「そこのあなた」
　声をかけてきたのは身長が三メートルはあるかというスーツ姿の紳士だった。帽子を取って胸の前へ。
「こんにちは。少々お時間よろしいですか」
「……ええ」
　断ることでもない。急いでいるわけではないのだから。
　彼は通称ノッポさん。聞くところによれば、この島のどこかに落とし物をしてしまったらしい。
「わかったわ。探せばいいのね、あなたの落とし物」
「おお、ありがとうございます」
「スマートフォン、駅で落としたかもしれないと言ってたけど、番号は覚えているの？」
「もちろん、覚えていますが、音が出ない設定になっているので。振動はしますが」
　どうやらマナーモードだが、バイブは鳴るようになっているようだった。
　一応番号と駅での行動を確認する。
「見つけて頂ければ、あなたのお力に」
　ノッポさんの言葉が終わる前にさゆるは駅舎へと引き返した。彼は少し前にこの駅を利用したらしいのだ。
　さゆるは考える。
　身長三メートルあれだけの身長なら駅舎のような古い建物では身を屈めなければならないだろうし、ホームに出ても窮屈そうだ。
「となると、その際に取る無意識の動作から物を落とした可能性があるわね」
　小さく呟き、駅舎内へ。
　正面に改札機、隣に発券機と窓口。待合所スペースにはベンチが並んでいる。人の気配はない。
　さっそく自分のスマホでノッポさんの番号へかける。
　呼び出し音はするものの、駅舎内から着信メロディやバイブの音はしなかった。近くにはないらしい。
「仕方ないわね」
　さゆるは気だるげに言って、駅の中を探し始めた。
　改札機を通ってホームへ出て、視線を斜め上へ固定する。身長の高さからして、必ずしも床に落としたとは限らないだろう。
　ホームの隅から隅を探したが、収穫はなかった。改札機を通って再び駅舎へと戻った時、
ホームの屋根より駅舎の天井が低くなっていることに気づく。
「もしかして」
それは丁度、改札機の真上だったのだ。
「例えばここで頭を打った、としたら」
　胸ポケットに入れていたスマホがその反動で落ちたのかもしれない。
　落ちたスマホの軌道を想像し、さゆるは視線をゆっくりと下へ。
「あ……」
　改札口のそばにおかれていたゴミ箱が視界に入った。
　歩み寄って中を覗き込むと、赤いスマホが一つ、放り込まれていた。回収されたばかりなのか他のゴミはない。
　さゆるは体を傾けて、手を突っ込んでそれを拾い上げ、ようとしたのだが、
「！」
ゴミ箱の中で誰かに手を掴まれた。
「……何？」
　急いで手を引き抜かず、そのままの体勢でそっとゴミ箱の中を覗き込む。
　それは青白い手だった。手の甲の部分に大きな目がついている。眼球がぎょろりとさゆるを見ていた。
　そんな目をとろんと眠たげな表情で見つめるさゆる。
「……離してくれない？」
　気だるげに言うと、その手は少し困ったような動作をした。
「はあ」
　離す気がないらしい白い手に構わず、スマホを掴んでゆっくりと持ち上げる。
　白い手はその分伸びた。
「……素材はお餅？」
　と、その時、駅舎に誰かが入ってきた気配がした。
　白い手を放置して後ろを振り返ると、八神修がぽかんとした顔で立っていた。

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