ねこのまつりでつかまえて｜リアクション

ねこのまつりでつかまえて

　ぶらぶらと歩きながら七峯凜乃が言う。
「ところでメシはどうするよ？」
「腹減ったな、たしかに」
　鷹虎龍獅はうなずいた。折良く、屋台が軒を連ねる一角にたどり着いている。空気に色がついたかのように、ソースやダシの香ばしさ、アメやヴァニラの甘い香りが漂っていた。
「野外カフェってのはいいかもな」
「ほー、龍獅にしてはいい提案だね」
「『にしては』は余計だっての」
　座れるのもありがたいし、と凜乃はカフェの軒へと歩きながら、
「食べ歩きは夏に浴衣でやりたいなーって、ね？」
　何気なく告げたのだけれど、龍獅の脳裏にはその途端、真夏の夜、浴衣姿でカラコロ歩く凜乃の姿が、VRなんて目じゃないとばかりに、立体的に浮かんだのである。
「浴衣……」
　凜乃の胸元まで、しっかり脳内映像ができあがる。
「うん？　どした急に黙って？」
　凜乃は怪訝な顔をしつつ、
「ハンバーガーに、生クリームとフルーツたっぷりの焼きたてワッフルふたつずつ。なに？　カップル限定セットってのがあるのか……いいねぇ、セット割引つきだしこれで行こう」
　さっと選んで「いいよね？」と龍獅に確認する。されど肝心の彼は判断能力のある状態ではなかった。
　注文の商品がテーブルに運ばれてきた。
「ずいぶんとボリューミーだねえ」
　お買い得と言えよう。限定セットのスペシャルな品に凜乃は満足気にうなずいた。
　それは……ハートのカップルストローつき、ビッグコーヒーフロート！
　さすがにこれには、龍獅も正気に戻らざるを得ない。
「マジか！?]
ホットドッグを頼んで文字通り『熱された犬』が供されたとて、たぶんこれほど驚くまい。
　今どき！
　ハートのカップルストローて！
　というか実在するんだこういうアイテム！
　といっても凜乃は動じない。敵もさるもの、とでも言いたげに笑む。
「だからカップル限定か。ま、覚悟決まるまでは待ってやるよ、龍獅。だから先にこっちだ。あーん♪」
　躊躇という言葉は凜乃の辞書にはないのだった。彼女は切ってクリーム乗せたワッフルをフォークで差し出し、甘味のジャブを龍獅にくらわせた。
「く……だが受けてたつ！」
　威勢はいいものの龍獅はまだまだ少年、たちまち顔は湯たんぽのごとくホットになる。だが逃げずに『あーん』攻撃を龍獅は受け止めた。
　甘い。
　甘いワッフルだった。
「じゃあ俺からも、御返礼だ」
　ちゃんと龍獅はワッフルを、同様にして凜乃に与える。
「なんてやってたら喉が渇いてきたね」
　楽しい。
　凜乃は心からこのやりとりを楽しんでいる。
「喉渇いたなー」
　と言いつつ、カップルストローに思わせぶりに顔を寄せてみせた。
　さて少年は逃げるかな？　それとも活火山みたいな顔色になって応じるかな？
　などと傍観者のような気分で笑っていた凜乃が、今度は不意打ちをくらう番だった。
　度胸が据わったのだろうか。
　すうっと凜乃の手を取るや龍獅は、ためらわずその甲に軽くキスを与えたのだった。
「これで満足ですか？　お姫様？」
　キザな口調で述べておく。
　――やればできる子ってやつ！？
　まさか自分が不意打ちされるとは思っておらず、急なことで凜乃は一気に体温が上昇するのを覚えていた。たぶんきっと、顔も紅潮しているだろうと思う。
　彼の将来が楽しみだ。
　いい男になりすぎるのではないかと、ちょっとだけ心配ではあるけれども。