ねこのまつりでつかまえて｜リアクション

ねこのまつりでつかまえて

　気がつけば楡宮遠海は椰子の実のごとく、会場の中央付近まで押し流されてきている。

　ここまで半ば呆然と、意識を虚空に飛ばしていた彼女だったが、驚愕の光景を目にして我に返った。
「えっ！」
　はしご消防自動車を止めた高台から猫が投げ捨てられている！？　しかもその猫を楽しげに放っていのは、他ならぬ寝子島町町長ではないか！
「はーい、うまくキャッチした子がいますね。ラッキーですね。あなたには幸運が訪れますよー」
　と言ってリッカルド町長は、あらたな猫をつかんだ。
　なんだ、と遠海の動揺は収まった。よく見れば町長が手にしているのは、小さな猫のぬいぐるみなのだった。つまりここはラッキーキャットの会場なのだろう。
　中世のベルギーには、猫を魔女の使いとみなし、鐘楼から投げ落として殺していた哀しい歴史があるのだそうだ。このイベントは負の歴史を現代に再現し、猫の魂を供養する催しだという。投げられる猫のぬいぐるみは『ラッキーキャット』と呼ばれ、キャッチした人には幸運が訪れると言われている。
　まあ、それはそれでなんだか乱暴な気も……。
　と思っていた遠海の目の前に、キジトラ猫のぬいぐるみが誰かの手でバウンドし、大きく軌道をそれて跳んできた。
「こっち来た！？」
　思わず両腕を伸ばす。まるでそこが定位置とでもいうかのように、猫のぬいぐるみは遠海の腕にすっぽりと収まった。
　これで運気が上昇するのかな……。
　そんなことを期待する。

◇◇◇

　まるで嵐の海に浮かぶ小舟！　『ねこのて』出張露店は目が回るほどに忙しい。

「いらっしゃいませ。猫の形のスコーンに、クッキー、お土産にいかがですか？　スコーンは普段お店でも提供しているんですけど、猫の形になっているのは今日だけなんですよ」
　人通りが激しいだけに、桧垣万里はさっきからずっと、休まず呼びかけを続けている。熱心に呼びかけるほどにお客が集まるのだからやりがいはあった。
　最初は気恥ずかしいかと思っていた猫耳メイドの仮装だったが、道行くひとが皆仮装だらけだったので、まったく気にならなくなっていた。
　人通りが一時的に途絶えたとき、執事服の常闇月が音もなく万里に近づいてきて耳打ちした。
「どうぞ先に休憩、入って下さい」
「あれ？　もうそんな時間？」
「ええ、ラッキーキャットが開催中です。今からでも、間に合いますよ」
　万里は気恥ずかしげに頬をかいた。どうやら月には、ラッキーキャットに興味津々ということを見抜かれていたらしい。くすぐったそうに微笑して、
「じゃ、ごめん、しばらくお店任せるね。ちょっと行ってくるよ」
　と言い残し、万里ははしご車めざし駆けてゆく。