夢のアロマキャンドル｜リアクション

夢のアロマキャンドル

　アケーチ・タッマーキは黒いスーツ姿で街中を歩いていた。前髪に隠れていない紫色の左目を通り掛かる人々に向ける。
「母娘ですか。いいですね。あちらは胸板の厚い男性ですか。とてもいいですよ、ふふ」
　アケーチは偶然の出会いに心を弾ませて寝子島シーサイドタウン駅へと足を運んだ。
　噴水を背にした銀髪の青年に目が吸い寄せられた。
「ああ、なんと美しくも怪しい人なのでしょう」
　左胸に手を当てて軽く仰け反った。全身が脈打ち、下唇に赤い舌を這わせる。
　青年に向かって一歩を踏み出した。深い笑みとなって徐々に足を速めた。
「銀髪は無垢の光で輝き、鋭利な目は刃物のように冷たく、薄い唇は甘美な言葉を囁くのでしょう、ふふふ！」
　アケーチは商品の前で立ち止まり、微笑む顔を近づける。青年は朗らかな様子で受けて立つ。
「発想が豊かなお客様に相応しい商品はこちらになります。安らかな眠りと夢を見られるアロマキャンドル、お一ついかがですか」
「いただきましょう。個人的には貴方にも興味があります、ふふ」
「お目が高いと言いたいのですが、今日の目玉ではございません。かわりに名を売っておきます。さすらう販売人、油屋銀と言います」
　銀は目を細め、軽く頭を下げた。
「私は明智と言います。またの機会を楽しみにしていますね、ふふふ！」
　二人は笑みを交わした。

「ここは星幽塔でしょうか」
　朽ちた墓石に取り囲まれていた。
　アケーチの背中には白い翼が生えている。銀色の甲冑を身に纏い、腰には抜身のロングソードが差してあった。
　低い唸り声がアケーチを包み込む。周囲の朽ちた墓石が蠢き、次々と倒れた。封印から解き放たれたかのように人々が這い出てきた。
「私と親睦を深めたいのでしょうか、ふふ」
　イブニングドレスは泥に塗れ、破れたところからは肋骨が覗いていた。白骨化した両手をアケーチに向ける。乾いた足音で近づいてきた。
「生前の美しさが想像できます。私と一緒に踊りますか？」
「グ、ガガギ……ギググ、ゲ」
　眼窩から土を零し、距離を詰める。
「ガギ、ギグ、グゲゴ、ガアア！」
　殺意を込めた手が横に振られた。アケーチは飛び退る。左の頬に朱線を入れられた。急速に盛り上がって血の滴りとなって地面を濡らす。
「……ふ、ふふふ、甘い毒のような痛みが全身に回ってきました！」
「グガガ、ギギギギ」
　歪な声が重なる。襤褸を纏った骸骨が群れを成し、遅々とした歩みでアケーチに向かってくる。
「この甘い毒を独占しては失礼に当たります。いいでしょう。あなた方にも同じ悦びを味わっていただきましょう！」
　磨き抜かれたロングソードを抜いた。白い翼を広げて一気に上昇。左目は骸骨の一団を捉え、下降に転じた。
　アケーチはロングソードで薙ぎ払う。瞬く間に複数の頭骨が砕かれ、白い粉末となって吹き飛んだ。
「……ふふ、ふははははは！　白い血飛沫ですよ！　美しいではないですか！」
　ロングソードの煌めきが白い残骸を積み上げる。命の残滓まで刈り取ってゆく。
「もっと、もっと悦びを分かち合いましょう！　これが愛なのです、ふははは！」
　白い粉に塗れたアケーチの高笑いが止まらない。
　地響きのような音が聞こえてきた。不毛の大地の先に目を向ける。
　白骨化した巨大な軍馬に相応しい骸骨が乗っていた。槍と盾を構え、数は百を優に超える。
　アケーチは高みから眺めていた。自身の身体を抱き締めて仰け反る。裏返りそうな左目で哄笑した。
「いいですよ。やりましょう。ふふ、ふははははは！」
　アケーチは飛翔した。一本の矢と化して突っ込んでいく。
　激しく打ち合わされる剣と盾。鮮血にも似た火花が上がった。切断された骨の一部が吹き飛ぶ最中、場違いな笑い声が沸き起こる。
　アケーチは恍惚とした表情で凶刃を振るう。
「あぁ、堪らない……これが……これこそが……快感の極み！」

　無慈悲な天使は目が覚めるまで戦場を飛び回った。

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