夢のアロマキャンドル｜リアクション

夢のアロマキャンドル

　黒いパーカーを着た黒兎都が露店の商品をまじまじと見詰める。店主の青年はにこやかな表情を崩さない。
「安眠が約束されているのか？」
「香しい匂いが心地良い眠りに誘います」
「しかも夢まで見られると」
　ボサボサの前髪から覗く赤い目が青年に向けられた。
「おっしゃる通りです」
「うむ、これは買いだの」
「お買い上げ、ありがとうございます」
　青年は目を細めて言った。

　星空が瞬く頃、桜花寮は静けさの中にあった。
　その一室で都は掛布団に包まっていた。ベッドから机の上のアロマキャンドルを眺める。細長い火は揺らめかず、凛々しい姿を見せていた。
「……本当に夢が見れるのかのー」
　ぽつりと呟く。徐々に瞼が下がってきた。
「微かな香りが、好みだの……夢はおまけ程度に……この香りなら……良い夢が……」
　瞼を閉じた。数秒の間で安らかな寝息が聞こえてきた。

　低い機械音を耳にした。目を閉じた状態で不機嫌な顔となった。
「うーん……なんの音？」
　都は薄っすらと目を開く。正面にレールのような物が見えた。
「え、なにこれ？　ここはどこよ？」
　動揺を隠せない。急いで立ち上がろうとして失敗した。安全バーが下りて両肩を押さえ付けていた。
「ま、まさか、これって」
　けたたましい非常ベルが鳴り響く。鼓動が一気に速まった。
「ちょ、ちょっと待って！　も、もう、ヘンな冗談はやめてくださいよぉ」
　泣きそうな顔で無理に笑う。どこかにいる人物に向かってへこへこと頭を下げた。
「この手の絶叫マシーンは苦手なんですよ。知ってるくせにー。観覧車だって高いから敬遠するんですよ？　だからね、これはないよね？」
　都は様子を窺う。口角が僅かに上がった。車体は止まったままであった。
「話せばわかるんじゃないですか。いやー、もうね、寿命がガリガリに削られましたよ。そろそろ帰りたいんで安全バーを上げて貰えますかね」
　背中に衝撃を受けた。不意に車体が動き出す。
「え、ええっ！　待って、やめろ！　いや、やめてください。ね、お願い、止めて」
　都は泣きそうな顔で手を合わせた。焦点の合わない目で方々に頭を下げる。
　車体は止まらない。急角度のコースを上り始める。
「無理、無理だって！　高いところは苦手なんだって！　スリルをエンジョイできない会の会長なんだって！」
　レールに仕込まれた歯車が回る。鉄の意志で車体を高みへと引っ張り上げる。
「近い、空が近いよぉ。昇天するって。天国に連れて行かれる！」
　レールの頂点が迫ってきた。先が全く見えない。切断されたような怖さに顔が横を向く。
「こ、これはダメ。マジで無理。やめ、やめて。空気が薄い。とめてよぉ。高山病になるよぉ。い、いやだって。軽く死ねる、三回は、天使になななな」
　口の中が干上がった。舌が上手く回らない。
　一瞬、車体が水平になった。都は脱力した。頭は傾いて奇妙な笑みが浮かんだ。
　世界がゆっくりと沈み込む。前髪がふわりと浮かび、突き落とされる感覚が全身を襲う。
「ぴぎゃあああああああ！」
　混じり気のない恐怖が迸る。壮絶な悪夢の始まりであった。

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