＜宝石人形＞柘榴石ガネット｜リアクション

＜宝石人形＞柘榴石ガネット

　【これから】

「そう言えば、ケンさんって今までどんな仕事してたの？」
「もうずっと、年金暮らしだねぇ。やっていた仕事も忘れちまったよ」
　軽い桜庭円の問い掛けに、のんびりとケンが答える。
「賭け事とかやってたりする？」
「昔、借金の連帯保証人になっちまってなぁ。それ以来賭け事はやってないなぁ」

「なるほど……」
　円は高速で思考を積み上げた。
　ケンがここにいる。ガネットの様子では、絶対に壊れるまでここに通うのを辞めることはないだろう。
　今の状況が円満解決ではない。ここで大元であるガネットの行動に対策を講じなければ、ＳＮＳで恵御納夏朝や青山絢がやった行動が無為になる。
　神魂の影響が途絶える気配はない。動き回るガネット自体を何とか人目に付かないようにするには──

「執事さん、ケンさんを臨時で雇えたりする？」
「は──な、何を藪から棒に」
「館の外に出る必要もなく、公認で会えるようになれば、管理はマシになる気がしてさ？
　ガネットがずっと館の中にいれば、目撃情報もなくなって噂も立ち消えるし、常に人形の行方も気にしなくていいじゃない」
　当事者であるケンとガネットが、寝耳に水とばかりに円と執事を見て瞬きを繰り返す。
「ケンさんも、お金が必要そうだし。
　ガネットちゃんも仕事は出来そうだし、トキサダさんが帰ってくるまで、そうしてみたら？」

「館に戻るのは……」
　ガネットは、抜け出してきた引け目であろう。躊躇いがちに、その顔に不安を露わにする。
　そこに、ようやく自分のなすべきことを理解した執事が、ガネットへと顔を合わせた。
「あなたは、ご主人様が精魂を込めた人形の一人。それをこちらの不手際で何かあっては、この命を差し出しても足りません。
　ケンさん、どうか九夜山の麓にある館で、住み込みで働いてはくださいませんか。ガネットの為に、お給金はしかと払いますので──」
「ダーリン……」
　不安を隠しきれない視線を向けるガネットに、ケンは穏やかな顔で頷いた。
「この家に恩があるわけじゃないからねぇ。ずっとガネットちゃんと居られるなら、おれはそれで満足だよ」
「ダーリン……！」
　感極まったガネットに円が告げた。
「ガネットちゃん、愛の逃避行の次は家族に、親に認められるのも一種のラブロマンスでは重要じゃない？」
　その言葉を受けて、一人と一体、もしくは二人なのかも知れない存在が、しばらくの間お互いに抱き締め合った。
　孫くらいの年頃の女性とよぼよぼの老人とのその姿は、傍目から見ればあまり見栄えの良いものではなかったが。

　それでも、場の殆どが喜んだ。どちらかが事切れるまで、どうか永く共にいてほしい、と──

　そして、それを一人納得しなかった存在が居る。
　大天使天吏。その表情には理解不能の文字を添えて。

「『最後に残る想い出』……？
　バカみたい。それこそ無意味──」
「お嬢ちゃん」
　ケンが疑念を隠さない天吏に告げた。
「これは与太話なんだけどよぉ。
　おれみたいな、老い先短い輩みたいなのにはよぉ。死ぬ時には誰もなんにも持って行けないんだ。
『死を覚悟すれば』富も金もいらねぇ。結局最後に残るのは、生きてきた思い出ばかりでよぉ……
　その少なかったおれの思い出を、ガネットちゃんは増やしてくれた。そんなすげぇ行動が──『愛』とかじゃだめなんかい？」
　その言葉と共に。
　結局手を付けられなかった、天吏が最初に手渡したお金の入った封筒が返された。

　そうして、アパートを一時空け、執事の呼んだ車で去る二人の背中。
　封筒を手にした、天吏は小さく呟いた。
「理解に至るには、観察が足りなかったわね。──残念だわ」

　そして、興味の失せた、気味が悪く不衛生な忌み物を手放すかのように。
　天吏は、金が入ったままの封筒を手から落とすように払い棄てて、静かにその場を後にした。

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