【白沢先生のおかしな寝子島計画（３）】

　お菓子の国を治めているのは、それはそれは美しい姫であったとさ。
「あらあら、いらっしゃい！　ちょうどお茶にしようと思っていたところなの。ゆっくりしていってね♪」
　焼きプリンパフェのお城にたどりついた彼らを出迎えてくれたのは、素敵な素敵な、絢子姫！　若かりし頃は、この美貌で寝子祭の話題をかっさらい、寝子島の伝統ある水着コンテスト『第一回寝子ヶ浜ビーチ☆スターコンテスト』では見事優勝に輝いたのだとか……そんな話にも納得の、まさしく輝くような美しさでありました。
「まぁ、白沢センセ？　いつも子どもたちがお世話になっております～」
「あらっ、三夜さんのお母さま？」
　なんともフレンドリーに、先生ときゃっきゃと愛らしく戯れ始めたのは、三夜 千暁さんです。お互いお若いお姿にはなっておりますけれど、三夜家の子どもたちもまた寝子高生ですもので、顔見知りなのでした。
　大きな飴細工のテーブルと椅子に腰かけて、さっそく楽しいお茶会が始まります。
　ティーセットやお茶請けを提供したのは、ここではお菓子商人たる弓立 招です。
「カラフルで楽しいステンドグラスクッキーと、さっぱりとしたミントティーをご用意しましたよ。どうぞお召し上がりください」
「まあ、美味しそう！」
　にっこり笑ってお皿を置くと、お姫さまが艶やかに微笑んでくれたので、招もまんざらではありません。
　テーブルについた八神 修と七夜 あおいも、仲良くクッキーとお茶をいただきます。
「わ、このクッキー美味しい……！　それにすっごく綺麗だし。私もこんなの作ってみたいなぁ」
「今度作ってみる？　レシピを聞いておこうか」
　修がそう言うと、あおいの顔はぱあっと輝きました。
　和やかなお茶会に、いつも料理選択お掃除にとフル回転な千暁さんも、お茶をひと口。ほうっとあたたかな吐息を漏らします。
「それにしても、白沢センセ。素敵なお召し物ねぇ」
「うふふ、ありがとう♪　でも、三夜さんのドレスもとっても素敵だわぁ……！　ロリィタファッションというのかしら？　せっかく昔みたいに戻ったのだし、私も着てみたいかも。なんて、うふふ」
「あら、じゃあ着てみたら良いじゃありませんか！　よろしかったら、私が見立てて差し上げましょうか？」
「まあ！　いいのかしら？」
「ええ、もちろん。あちらのおふたりも、私がコーディネートして差し上げたのよ。うふふ♪」
　なんて千暁が示したほうでは、にわかに注目された佐和崎 紗月と初瀬川 理緒がお互い顔を見合わせて、ちょっぴり照れくさそうにしています。確かにおふたりとも、ふりふりフリルなドレスがとってもよくお似合いなのです。千暁さんのセンスと腕前は、さすがのひと言でありました。
「先生なら、そうね。ふわふわシフォンの生地に、お花を閉じ込めたスカート……砂糖菓子のドレスなんていかが？」
「素敵！　ぜひお願いしたいわ」
　お召し替えのため、お姫さまはここで一時退室です。
　連れ立って楽しそうに歩み去るおふたりの様は、まるで仲の良い学生の女の子ふたりがウキウキと、ショッピングへ出かけるようにも見えました。



　その頃、焼きプリンパフェ城の入り口には、ひと組のカップルが到着しておりました。
「わぁ、すごいです……！」
　お城の素敵な佇まいに、いつもの制服姿な宮祀 智瑜は、ちょっぴり気おくれしてしまいます。
　けれど、
「では、行こうか」
　す、と手を差し出してくれる桐島 義弘の顔は照れくさそうでありながら、それでも臆する様子はありません。彼もまたいつものスーツ姿ではありますけれど、智瑜の目にはまぎれもなく、彼がお城にふさわしい王子さまのように見えました。
「はいっ！　そうですよね。ここではきっと、『義弘さんは王子さまで、私はお姫さま』なんですから……」
　なにげなく、そんなことを口にした途端。ぱあっ！　と光が弾けて、
「……ええっ！？　私の服が、ドレスに……！？」
「ああ。とても綺麗だよ、智瑜」
　あっという間に、智瑜はいかにも豪華で美しいドレス姿に。義弘先生は白いタキシードの王子さまスタイルに、大変身！
　びっくりしてしまいましたけれど、これならきっと、ゴージャスなお城にだって見劣りすることはありません。
「えっと。エスコート、お願いしますね。義弘さん♪」
「あ、ああ。もちろんだ。私に任せるといい」
　少々キンチョー気味な義弘の手……はとらず、智瑜は胸いっぱいの想いに後押しされて、彼の腕へむぎゅっと抱き着きました。
　お城のなかへ足を踏み入れてみると、まさしくそこではお茶会の真っ最中。ただ、城主の絢子姫はお召し替え中とかで、席を外しているようです。
「少し残念です……でも、あとで見られるかな？」
「ああ、そうだろうな。それに……その」
　智瑜のために椅子を引いてくれながら、義弘王子は顔を真っ赤にしながら、ぽつりと言いました。
「なんだ。あの……わ、私の姫は、ここにいるわけで。私はなんら不満はない……というか、なんというかだな」
「……ふふ。義弘さん、かわいい♪」
　今日のふたりは、王子さまとお姫さま。そして、恋人同士なのです。
　火を噴かんばかりに真っ赤な顔で、ぷいっとそっぽを向いてしまった義弘先生にくすりと笑みを浮かべつつ。
「はい、義弘さん。あ～ん」
「む……」
　なんともあまあまで美味しそうなイチゴのショートケーキをひと口切り分けて、彼の口もとへ運びます。素直じゃない義弘先生は少しだけ迷ったように眉を曲げておりましたけれど、やがて意を決したのか、ぱくり。食べてくれました。
「美味しいですか？　ふふふ♪　それじゃ、次は義弘さんの番ですね」
「わ、私もやらねばならないのか？」
「もちろんです！　はい、どうぞ。あ～ん」
　きゅっとフォークを握らせてあげて、智瑜は目を伏せ、口を開けてその時を待ちます。
　どきどきどき……なんだか智瑜までちょっぴり緊張してしまいながら待っていると、
「……あ、あーん」
「ん。はむっ……甘くて美味しいです♪」
「そ、そうか。それは良かった」
「じゃ、今度は私の番です。はい、あ～ん」
「ま、まだやるのか？」
　義弘先生に手ずから食べさせてもらえて、嬉しくって、ついつい調子に乗ってしまう智瑜なのでした。
　と、そんなふうにイチャイチャを楽しんでいたら、向こうからきらびやかなドレスに身を包んだ美しい女性がやってくるのが見えました。
「あ……お姫さまが戻ってきたみたいです！　うわぁ、綺麗……！」
「うむ、そうだな。本当に綺麗だ……」
　艶やかに若返った絢子先生の姿に、智瑜もすっかり見入ってしまいました。
　ただ、隣の義弘先生がいっしょになって見とれてしまうのは、智瑜には面白くありません。
「むぅ。義弘先生？　義弘さんは白沢先生のこと、どう思っているんですか？」
「どう、とは？　……ああ」
　智瑜のやきもちに、義弘もピンと来たようです。なにしろ本日、彼は智瑜の恋人なのですから。
「心配はいらないよ。智瑜」
「あ……っ」
　一瞬のできごとでした。智瑜は背の高い彼の胸へ、すっぽりと抱きすくめられておりました。
「せ、せんせ……」
「私のお姫さまは、智瑜だけだ」
　あたたかくて頼もしい彼の腕の中に収まって、智瑜は甘くとろけるような幸せを噛みしめるのでした。



　日が落ちゆく頃、紗月と理緒はこっそりとお茶会を抜け出して、バルコニーへ。
　仲睦まじいカップルのイチャイチャを見せつけられて、もう我慢しきれなかったのです。
「……紗月っ」
「理緒ちゃん……！」
　ふたりは互いをきつく抱き締めます。
　夕焼けに彩られながらの激しく深いキスには、砂糖菓子の味が漂います。
　こうして、甘い甘いお菓子の国のひと時は、飴玉が溶けるようになめらかに過ぎていったのでした。