嘘＜ユメ＞が現実＜ホント＞になるセカイ。それが、らっかみ！｜リアクション

嘘＜ユメ＞が現実＜ホント＞になるセカイ。それが、らっかみ！

【まばゆい世界】

「それでね、ののこったらまたずっこけちゃって。もう私、可笑しくって！」
「はは。あいかわらずだね、彼女は」
　快活に笑う七夜あおいの明るい表情は、鴻上彰尋にとって特別な意味を持ちます。
　学校の帰り道。沈みゆく夕日。ふたりの手にはぱんぱんに詰まった買い物袋。コンクリートに伸びる影。
「あ……ついつい話しこんじゃったね。もう海まで来ちゃった」
　あおいは悪戯っぽく言って、ちろりと舌を出しました。
　そのたび彰尋の胸は、弾みます。痛いほどに高鳴るのです。
「綺麗だね……夕日」
　そんな言葉がするりと、口から流れ出てきます。
「うん。すっごく綺麗！」
　オレンジ色のヴェールをかぶったあおいの横顔を、彰尋はちらと垣間見ます。あまりにじっと見ては、気づかれてしまうかもしれません。悟られてしまうかもしれません。そうっと静かに、横目に見つめました。
（……いや）
　それでいいのか？　自問します。
　焦る気持ちはありません。彰尋は落ち着いて、冷静でした。
　こんなふうに彼女と並んで、この夕日を見ていられることがただ、嬉しくて。
　叶うならこれからも、彼女といっしょに、特別な景色を見ていくことができたなら……そんな願いがふと、胸に湧き上がって。
　あまりにも自然に、言葉は滑り落ちました。
「……今日は一段と、世界が眩しい」
　彼女が息を呑むのが、はっきりと分かりました。

　ある朝に。いっしょに登校がてら、彼女に聞かせた話が今、全てを物語ります。
　誰しもがそれを口にできるわけではありません。ある意味では使い古されているし、時と場所によれば陳腐で安っぽく聞こえてしまうでしょう。
　なにより、ひどく恥ずかしいのです。伝えるのは、たいへん勇気がいるのです。
　夏目漱石が、二葉亭四迷が『I love you』をなんと訳したか……なんて、今では誰もが知っています。ネットで今さらながらに話題になったり、ドラマのセリフにだって飽きるほど引用されてきたのです。
　彰尋はとある小説に見かけたそんなフレーズのひとつを、彼女に語って聞かせました。
　そうして、自分ならこう言うかな……なんて冗談めかして、彰尋は伝えたのです。ふたりにしか分からない、秘密の言葉を。合言葉を。

　言葉と想いは、鍵と鍵穴の関係に似ています。かちりとはめ込んで、形がぴたり合ったなら、滑らかに全てが回り始めます。その先に続く道が開けるのです。
　並んで腰かけた、公園のベンチ。夕日は宵と混ざり合い、複雑な色が帯を成してふたりを照らしています。刺すような光はまだまだ強くて、彼らは目を細めてそれを見つめました。
　あおいの頬は、彰尋の肩へ。彰尋の手のひらは、あおいの手の上へ。
「……彰尋くん」
「うん。なに？」
　リンゴみたいに赤く染まったはにかみ顔が、彰尋を見上げて言いました。
「私ね。幸せ」
　『告白できる』。そうウソに願ったのは、彰尋です。ほどなく彼も、ひと時の夢に気づくでしょう。
　けれどこの時は、決して無駄ではありません。
　たとえ夢のなかだとしても、彼は心の底から、その言葉を口にすることができたのですから。
「うん。俺もだよ」
　だから……いつか、きっと。
　水平線に沈みゆく夕日へ、彰尋は小さくうなずきました。
　いつか、きっと。