【永田先生と行くロスト・イン・アースツアー（１）】

　寝子島高校の古文担当教師。史跡巡りがご趣味の永田 孝文先生が、唐突に言ったのでした。
「地底人の世界だなんて、さぞや見応えがあるだろうな。行ってみたいもんだ」
　不可能を可能にするのが、らっかみ！　であります。エイプリルフールの日なんかは特に神魂がぎゃんぎゃんうなりを上げておりますもので、永田先生のウソも本気度１２０％で叶ってしまったというわけなのでした。
　そんなこんなで永田先生を隊長に据え、モグラのようなずんぐり丸っこいフォルムの地底探査艇、『ながた１号』発進！　先端と言いますか鼻先と言いますか、とにかくマウントされた強力なドリルでもってどりどりどりっと土をかきわけ、地底人の待つ広大な地下世界へと旅立ちます。
　側面の丸窓の外はあっという間に真っ暗です。ごとごと小刻みな震動が、乗組員たちを揺らします。
「楽しみですね……尚輝先生」
　同行する五十嵐 尚輝先生の袖をさりげなく掴みながら、御巫 時子が言いました。彼らは本日、永田探検隊の隊員であります。
「私は、地底の植物や動物を見るのが楽しみなんです。尚輝先生は、なにを見たいですか……？」
「僕ですか？　そうですね。地層の組成や、地底で起こる化学反応には興味がありますね」
　今日も今日とてぬぼーっとして、服装も薄汚れた白衣という、大冒険に出発するにはいささか油断しまくり感のある五十嵐先生ですけれど、時子にとってはいつでも変わらず、素敵な想い人です。
　ごとん、と大きな音がして探査艇が揺れ、
「きゃ……」
「おっと。大丈夫ですか？」
　よろめいた時子の肩を、尚輝先生がはっしと支えます。思わず時子の頬は、ぽ、と赤らみました。
「俺はやはり、地底人の文化や建築が気になるよ。地底人の綴った本が見られたりしたら、最高だね」
「ははあ。それはまた、永田先生らしいですね。あ、今は永田隊長でした」
　なんて先生たちの会話には、時子は入り込めずちょっぴり寂しかったりもしますけれど。それはそれで尚輝先生の大人な一面が垣間見えたりして、なんだかんだで幸せだったりするのでした。
　お隣では、水上 桜、鬼河内 萌に野菜原 ユウ、薄野 五月が間もなくみられるであろう地底の風景について、期待と不安の入り交じった意見を交換しています。
「はぁ……もう、こういうのも慣れてきちゃった」
　桜は今回も無事に？　神魂ホヤホヤな特異現象に巻き込まれ、フツウを返せー！　と叫ぶのかと思いきや、もはや諦めが入っております。なんなら一周回って、ちょっと楽しんでみようかな、くらいのカンジです。
「いちいちキレたところで、神魂に負けたような気がしてイヤ。もう開き直って楽しむしかないじゃない」
「にししっ！　そーそー、いちいち気にしてたら身が持たないぜー？　人生楽しんでいかなきゃな！」
　ユウがいつものノリでおちゃらけると、ふたりの間にずずいと割り込みながら、萌が言います。
「でも、地底には好戦的な地底人とか、未知の怪物がいたりするんだって！　ユウくん、その時はボクのこと、守ってくれる？」
「ん？　おうっ、もちろん！　俺ってけっこう女の子には優しいんだぜー？　にししっ」
　お調子者のユウが、萌だけは絶対に守る！　とか言ってくれないかなーと期待するも、いい加減な彼が萌のそんな気持ちに気づくはずもなく。けれどこうして同行してくれたことには、にこにことして嬉しさを隠せない萌でありました。
「未知の世界へ冒険だなんて、浪漫がいっぱいですねー。ふっふ」
　マイペースな五月も、これから現れるであろう地底世界のあれこれを想像すると、期待で胸いっぱいです。
「ところで……突然のことでしたので、私たちの服はどうにも、あんまり探検隊っぽくないですなー」
「まぁ、そうね。私も制服だし……」
　五月の言葉に、桜も自分の格好を見下ろします。いつものごとく気づくとこんな状況だったもので、もちろん桜も萌もユウも、いつもどおりの服装まんまです。ちょっと地底に行ってきます、なんて格好には見えません。
　そこで！　と指を一本立てましたのが、五月でありました。
「今日はウソがホントになる日ということで……こほん。『私が指パッチンすると、私と皆さんの服が、探検服になるのです！』なーんて、どうですか？」
　ぱっちん！　指を鳴らせば、あら不思議！
　ぱ、ぱ、ぱぱぱぱぱ！　五月はバッチリ、ラフで動きやすい探検服姿に大変身！　萌もユウも桜も、いつもの着流し姿の永田先生も一瞬にして、どこかのテレビで見たことのあるような探検服を身にまとい、がぜん探検隊らしくなってまいりました。
「おっ、こりゃあいいな。永田孝文探検隊、地下世界で謎の地底人と出会う！　ってところか？」
「永田先生……いえ永田隊長、ノリノリですなー。ふっふ♪」
　ひとまずは和やかムードで、探査艇は地下深くへと向かい潜行していきました。



　しばらくどりどりどりっと力強く岩盤を掘り進んだところで。
　すぽっ！
「お！　どうやら、大きな空洞に出たようだな」
　隊員のひとり、新田 亮は探査艇の操縦席にて、前方に広がる光景を眺めます。
　隣で操縦桿を握っているのは、曖浜 鴻。
「地底への旅は順調ってところか……む？」
　たくましい身体つきに準備万端な装備一式は、まさしくベテランの探検隊員といったところです。
　このあたりはまだ、単にぽっかりと開けた味気の無い空洞のようですけれど……なんだかぼんやりと周囲を照らす、赤い光。操縦士を務める鴻が目ざとく反応し、探査艇をストップさせました。
「うわっ、あれってもしかして、マグマっすか？　初めて見たっす、すっげぇー！」
　同じく隊員、紗雪 幽ははしゃぎがち。スマホでぱしゃぱしゃ、さっそく写真を撮りまくっております。
　空洞は縦長で、探査艇はせりだした棚のような地形に乗っかっているようです。
　けれどひとたびその下を覗き込んでみますと……こぽこぽこぽん。数十メートルはある巨大な空間の下で泡立つ、真っ赤に赤熱したマグマ！
　探査艇『ながた１号』はスペシャルなマシンではありますけれど、地中を掘り進むのが主な能力でして、さすがにあんなところに落っこちたらタダでは済みません。
「あれって触ったらどうなるんすか？　熱そう～」
「そりゃ熱いだろ……むぅ、地底のマグマ溜まりに出てしまったみたいだな」
　けらけら笑う後輩に、亮は肩をすくめつつ。操縦桿を握る鴻を振り返り、
「どうします？　迂回しますか？　しかし、この先もこんな場所が無いとは限らないな……慎重に進まないと」
「ふっ」
　と、思いきや。ナビ役の亮が尋ねると、鴻はにやーり！
「知ってるか？　『この探査艇はな、マグマなんか物ともしない。船内だって熱くならず、ガンガン掘り進められる』ってよ」
「……まじすか？」
　幽は思わず、ごくりと唾を飲み込みます。亮もまた鴻の意図を悟ったのでしょう、彼の顔と眼下のマグマを見比べて、ぽつり。
「正気ですか」
「正気も正気、俺は本気だぜ。ウソが本当になる日なら、こいつを活かさない手はねえ。よおしっ、いくぜ！！」
　ぐんとペダルを踏みこみ、エンジン全開！　『ながた１号』は雄たけびめいてどるんと鳴き、再び発進！
「「うわあああーーー！！」」
　直下のマグマ溜まりへ向かって、真っ逆さま！
　やがてどぼんと溶岩の湖へ飛び込んだ探査艇は、どろどろのマグマにすっかり溶かされてしまい……とはならず。
　がががががが！！
「どうだ、マグマくらいじゃビクともしねぇだろ？」
　頼もしい鴻がびしりと親指を立ててみせると、亮と幽はこくこくとうなずくのみでありました。
　関門をひとつ突破した地底探査艇は、その後も順調に潜行を続け、やがて。
「あっ。なんか見えたっすよ！　なんすかあれ、すっげぇ！？」
　目の前には見たこともない光景が、ぱあっ！　と広がりました。