嘘＜ユメ＞が現実＜ホント＞になるセカイ。それが、らっかみ！｜リアクション

嘘＜ユメ＞が現実＜ホント＞になるセカイ。それが、らっかみ！

【金色の】

「……『風』」
　もしも、嘘が叶うのなら。
　その日、風の精霊のごとく自由を得た花風冴来は、迎えに来た春風に乗り旅立ちます。
　彼女の姿は、誰にも見えません。
　彼女の声は、誰にも聞こえません。
　彼女を捕まえることはおろか、誰にも触れることはできません。
「さあ。楽しみましょう」
　ゆえに彼女は、自由なのです。

　冴来はどこへだって行くことができました。自由気ままに、望む場所へ流れていっては、そこに息づく人々の営みに触れ、繰り広げられるドラマを好きなだけ楽しむのです。
　あちらを見れば、ほら。野々ののこが佐藤英二に教えられて、必死に勉強を頑張っています。
「ふうん。結果が出ればいいけれど」
　お菓子の国では楽しいお茶会が催され、お姫さまな白沢絢子先生と三夜千暁が、優雅なステップを踏んでいます。
「あら、お綺麗だわ」
　伊賀解理と北風貴子の姉妹のスキンシップを微笑ましく眺め、如月庚と屋敷野梢の鬼気迫る追いかけっこを横目に通りすぎ、恵御納夏朝と家族のバカンスには、ふうっと息を吐いてほんのり良い風を吹かせてあげました。
「私は干渉しない。できないもの。そっと眺めるだけ」
　どこへ行くのも、なにをするのも、冴来の自由です。誰にも見えず、触れることもできず、声も聞こえず、誰にも気づかれることは無いのですから。
　冴来はそこに存在しないも同じです。それはもちろん、
「少し、寂しいけれど……ね」
　とはいえ自由と引き換えの孤独は、耐えがたいほどではありません。
　誰にも見えなければ、触れられなければ、誰かを傷つけることも、誰かに傷つけられることも……心の痛みに怯えることはないのですから。こうして旅を続ける限り、もう二度と。
「それはとっても、素敵なことね」

　日本海を飛び越え、中国を一気に横断。チグリス、ユーフラテス川をまたいでから地中海を北上し、フランスでは凱旋門の上でひと休み。一気に大西洋を渡ると空中都市マチュピチュの威容やナスカの地上絵をベストアングルで堪能し、マイアミの空気を身にまといながら、ニューヨークで自由の女神にご挨拶。夜のラスベガスの喧噪を楽しんだ後、太平洋を横切り再び寝子島へ。
　九夜山のてっぺん、その上空をふわりと漂いながら、冴来は思います。
「もし……この世界のどこかに、もし……」
　冴来を傷つけることも、冴来に傷つけられることもない、そんな人がいたなら。
「その人にだけ姿が見えたなら。素敵ね。その人にだけ触れられて、声が聞けたなら……」
　そんな人は、この世のどこにもいないでしょうけれど。同時に、そうとも思います。
　諦めと安堵がないまぜとなった感情に、我ながら風のように勝手気ままだと、冴来は自身を笑いました。
　冴来は眼下の寝子島を見下ろして、じっくりと眺めます。あらゆる感情が渾然一体となった、愛すべき故郷を。自由な風となっても、立ち去りがたいようです。
「さあ。次は、どこへ行こうかしら」
　一日はまだ、もう少しだけ続きます。また幾人か、誰かの暮らしや今日に繰り広げられるドタバタの顛末を覗き見てみるのも、悪くはないことでしょう。
「次はどんな物語が見られるかしら……とても、とても楽しみね」
　誰に顧みられることもなく、金色の風は寝子島の上空をゆるやかに、吹き渡って行きました。