不思議な酔いの1日｜リアクション

不思議な酔いの1日

　岡瀬靖久は違和感を感じていた。
　靖久は東京で振り付けの仕事を終え、寝子島へ帰ってきたところで、自宅へと帰宅中だった。
　だが、どこかでお酒を呑んだというわけでもないのに、何故か酔いを感じる。

（……おかしい。お酒を呑んだわけじゃないのに、身体が熱いな……）

　最初は靖久は風邪かと勘違いしたが、明らかに心地良くこの感じは間違いなく酔っているのだと思えた。
　いや、心地良いどころか自分でも理解できる程度にはテンションが上がっていく。ただ、歩いているだけなのに、ちょっとステップを刻んでみたりする。

（あぁ、なんかふわふわして心地良いね……！）

　普段の靖久は他人からは不機嫌にさえみられる程に気難しい雰囲気を出しているというのに、今の彼からはそんな雰囲気は感じないどころか寧ろ陽気ささえ感じる。
　すっかり微かな笑みを浮かべ、足取りはご機嫌。気難しいなんて言葉は忘れたかのようである。

「……ん？」

　そんな風にして歩いていると、ふと音楽が耳に届いた。
　音楽が聞こえてくる方を振り向くとそこにはストリートミュージシャンが一人、熱心に歌っていた。どうやら見ているお客さんはいないようだ。
　普段の靖久ならば行かなかったかもしれない。しかし、今の彼はとても陽気であった。それ故にそのストリートミュージシャンのところまで行き暫し聞き入る。

「あぁ、情熱的な曲だね」

　そう呟くと、どうにも抑えきれない衝動を感じている事に靖久は気付く。
　目の前のストリートミュージシャンが歌う曲が別の曲へと移った。それはとてもアップテンポな曲で、靖久の衝動はどうにも高まっていく。

「いや、素晴らしい曲だ！　これは踊るしかないね！」

　普段の靖久ならばけしてしないであろう行動。しかし、今の彼は衝動に任せて曲に合わせて踊りだしてしまう。
　ご機嫌に、情熱的にステップを踏む。酔っているような感覚は今でも感じているのだが、それに反して身体のキレは普段よりも良いと感じていた。

「ははは、踊りやすいねっ。素晴らしいよ！」

　嬉しそうにそう言うと靖久は更に自由に踊りだす。
　そうして曲に合わせ50代とは思えないキレのあるダンスを踊っていると、いつの間にか周囲に人が集まりだしていた。
　すっかり陽気になっていた靖久は集まって来た人々に手拍子を促し、手拍子と共にダンスをハードにしていく。

（やっぱり僕、ダンスが好きなんだなぁ）

　手拍子をして楽しんでくれる人々の姿にご満悦な靖久は、自分がダンスが好きなのだと再認識すると共に更にテンションを上げた。
　この不思議な酔いに後押しされたというのもあるのだろうが、今の靖久はすっかりダンスに夢中であった。その内にアクロバットやバク転まで披露してしまう。
　靖久が見せるハードでホットなダンスにストリートミュージシャンのアップテンポな曲。その相乗効果はすさまじくまるでこの一角だけ夏がきてしまったかのようだ。

「まだまだ！　ここからが本番だよ！」

　仕事を終えて帰ってきたというのに、更にヒートアップしていく靖久。
　だが、この彼はまだ知らない。このストリートパフォーマンスが終わった後、自らが恥ずかしく思うという事を。そして、その近辺でキレキレのダンスを披露する伝説のストリートダンサーがいるのだという噂が流れるという事も。

「……僕、何してるんだろう」

　酔いが覚めた靖久がそんな風に呟いても、時既に遅しであった。