不思議な酔いの1日｜リアクション

不思議な酔いの1日

（ん～、何かふらふらするなぁ。それに世界が回ってるよ～）

　本人が思っている通り、小山内海はふらふらとしたおぼつかない足取りで歩いていた。
　文字通り、海の視界ではぐるぐる世界が回っている。だけど、不思議と気分が悪くなったりはしていない。寧ろ、気分は良いし、何だったらいつもはできないような事でも今ならばできるのではないかと思えた。

（そう、今ならどんな運動だってできる気がする！）

　海自身にも解らないが、はっきりとそうだと確信を持っていた。だから、普段はできない事をしてみるつもりであった。

（うーん。あ、そうだ。九夜山に行ってみようかなぁ）

　九夜山そのものは過去行った事はある。しかし、今まで利用した事がない登山ルートがあるのを海は知っていた。
　中々体力がいるルートであるらしいので、今まで利用していなかったのだが今なら登れるのではないかと考えたのだ。

（普段行った事がないルートなら、いつもとは違うスケッチが出来るかも）

　どんなスケッチができるかなと楽しみにしながら海は九夜山へと足を向けるのであった。

（何だかすいすい登れるな～。これなら山登り自体楽しめそう）

　少しながらふらふらしてて不安定な足取りに見えるのに、何故か登るスピードは普段の海よりもはるかに速い。
　しかもただ速いというわけではなく、息切れなども全くしないのだ。だから、いつもに比べて周囲を観察する余裕もより多い。
　但し、相変わらず世界は回っているのでちゃんと見えているかどうか怪しいところではあるのだが。

（来た事があるところなのに、道を変えてみるだけでこんなに新鮮な気持ちになれるんだねぇ）

　普段の何気ない事もおなじかもしれないと海は思った。
　ちょっとした事を変えてみれば、同じように新鮮な気持ちになれるのかもしれない。
　本当にちょっとした事で構わないのだ。例えば、女の子ならば髪型を変えてみるとか、アクセサリーを変えてみるとか。

（ちょっと試してみようかなぁ）

　木々の間をすり抜けた風がそっと海の頬を撫でる。春らしい気持ち良い風だ。
　ぽかぽかとした日が増えて、それどころかそろそろ暑い日とて出てきている。
　季節の変わり目だなと海は感じていた。こんな時にこんな経験が出来たのは良い事かもしれない。

（あ、そうだ。折角だからちょっと普段できないやり方でスケッチしてみようかな～。丁度良さそうな木もあるし）

　海は少し離れたところにあった一本の木へと近づいていく。
　その木は他に比べてかなり大きく太かった。これならば大丈夫だと海が考えるくらいには。

（よっと）

　海はグッと足腰に力を入れたかと思うと強く大地を蹴り上げる。茶色の髪を靡かせて普段では考えられない程高く飛び上がった。
　そう。海はその樹齢が高そうな木が持つ枝へと飛び乗ったのだ。
　勿論、普段はそんな事できないし、またしようとも思わない。だけど、今ならばできると思ったのだ。
　無事に枝に乗る事が出来た海は、筆を取り出しスケッチの準備をする。

（あ～、世界ってこんなにグワングワンしてたんだね）

　そんなわけはないのだが、いつもの状態ではない海には解らない。
　世界が回っているように感じている為、いつものように筆を走らせているようでそのスケッチはどこか歪んでいる。
　完成したとして、普段通りになった海が見てもその絵を果たして彼女は解読する事が出来るのだろうか。