５月の☆ハッピーバースデー｜リアクション

５月の☆ハッピーバースデー

●５日

　まだ新しい墓石に陽光が柔らかく当たる。赤羽勇樹は持参した花束を墓に供えると、その前にしゃがみ、手を合わせて静かに頭を垂れた。
（母さん、今日は１５歳の誕生日です……産んでくれてありがとう）

　去年、勇樹の母の墓は大阪からこの寝子島のお寺に改葬された。
　勿論まだ中学生の勇樹１人ではそんな事は無理だ。この改葬は勇樹の幼馴染みの家族が手助けしてくれて実現した事だった。
　その上、現在勇樹は彼らの家にお世話になっている。血が繋がらなくても自分のことを気にかけてくれる彼らに、勇樹は感謝の念しかなかった。
（何から何までお世話になっちまって……頭が上がらないよ、ほんと）
　ひんやりとした墓石をそっと撫でながら、勇樹は彼らの優しい笑顔を思い浮かべた。

　５月５日。言わずと知れた『こどもの日』が勇樹の誕生日だ。こどもの日生まれというのは何だか暗に自分が子供だと言われている気がして、勇樹はあまり好きではない。
　それでも、この日に自分は生を受けたのだ。本当に色々なことがあったけれど。母が産んでくれなければ、今、自分はここに立ってはいない。その感謝だけは忘れないようにと、墓が大阪にあった時から、勇樹は誕生日には毎年母の墓前に成長の報告をするようにしていた。

「さて、と。戻るかなー」
　お参りを済ませた勇樹は両手を挙げうーんと大きく背を伸ばし、軽くなった手桶を掴む。カラン、と中で柄杓が音を立てた。

『誕生日パーティーするんだから、真っ直ぐ帰ってや！』
　勇樹が家を出る時、八重歯を見せてニャハハと笑った幼馴染みの笑顔が彼の脳裏に浮かんだ。
　同い年の幼馴染み。彼女の誕生日も５月だが、勇樹の方が２週間ほど早い。彼女が言う本日のパーティーというのは、勇樹の事の方だ。
（あいつ、『腕によりをかけてご馳走作ったる！』とか言ってたな）
　幼馴染みの料理スキルははっきり言って勇樹より下だ。その彼女が腕によりをかけるとは。幼馴染みのドヤ顔を思い出し、勇樹の背筋がひゅっと寒くなった。
（ま、まあ料理上手のおばさんがついてるだろうし、大丈夫だろう）
　……大丈夫だと思いたい。自分の胃袋のためにも。
　今頃台所は賑やかな事だろう。勇樹は料理に突っ走る幼馴染みと、その横で懸命にフォローする彼女の母親の姿を思い浮かべ、小さく笑った。

　母親が生きていた頃は、ささやかなお祝いをしていた。あの時も俺はとっても嬉しかったけど。
（俺の事を思って祝ってくれる人がいるよ、母さん）
　勇樹は５月の突き抜けるような青空に、切れ長の赤い瞳を真っ直ぐに向けた。
　見えてるかな、母さん。今年の誕生日も、わいわいと楽しいものになりそうだよ。だから、安心してくれ。……俺はとっても幸せだから。

　寺を出て、勇樹は歩き出した。
　自分を迎えてくれる家に帰るというのは、何ともこそばゆくて温かい。そして料理に奮闘しているであろう幼馴染みの事を思った時、勇樹の胸が別の温かさを持った。
（……おじさん、本気で俺をあいつと結婚させたいのかな）
　幼馴染みの父親がそういうそぶりを見せるのを、勇樹は分かっていた。……あいつは分かっているか知らないけど。
（あいつと、結婚か）
　エプロンを着けてニャハハと笑う彼女の姿を思い浮かべ、思わず勇樹は赤くなりながら首を擦った。
　でも、そんな未来も悪くないと思う自分もいて。
（……あいつの誕生日には、何を贈ろうかな）
　そんな事を考えながら、勇樹は大事な人達が待つ、そして自分が一緒に暮らす家に向かう。その足取りは、軽やかだった。