５月の☆ハッピーバースデー｜リアクション

５月の☆ハッピーバースデー

●５日

　魔の巣窟と恐れられる猫鳴館だが、意外にどっこい可憐な女生徒達もたくましく住んでいる。その内の１人である綾辻綾花は、慣れた様子で食堂兼台所の床下をひょいと覗き込んだ。
「鳶色彦さん、居ますか？」
　ぷらんと髪が逆さになった綾花の目の前には小さな社。しばらくするとその後ろから小さな小さな男の子が顔を出した。
「はい、居りますよ。どうしました？」
　鳶色の目に鳶色の髪。耳の横でみずらに結った少年の大きな眼が、ぱちぱちと驚いたように瞬く。綾花の瞳が楽しげに細められた。

「おお、ここが綾辻殿の私室ですか。綺麗にされてますね」
　綾花の部屋に招待を受けた山之鳶色彦は、座卓の上にちょこんと座ると、興味深そうに周囲を眺めた。猫鳴館の中では、女の子らしく整頓された綾花の部屋は珍しい部類に入るのかもしれない。綾花は微笑むと、勉強机の上から小皿を持ってきた。
「鳶色彦さん、誕生日おめでとう！　１７歳ですね」
　そう言ってコトンと鳶色彦の前に置かれたお皿には、小さなお餅が２種類。１つは柏餅、もう１つは上に淡い黄色いものがとろりと被さっている。それを見て鳶色彦の瞳がきらきらと輝いた。
「これは……チーズですね！」
　綾花は座卓の横に座ると、楽しそうに頷いた。
「ええ。以前チーズとお餅が好きと聞きましたから。それにこどもの日ですから、柏餅もどうぞ」
「うわぁ、ありがとうございます！」
　ぺこりと礼をすると、鳶色彦は小さなお餅を両手に持って、ぱくぱくと食べ始めた。
「お口に合いますか……？」
　綾花はドキドキしながら訊いてみる。ほっぺいっぱいに餅を頬張っていた鳶色彦が、口の端にチーズの欠片をつけたまま顔を上げた。
「はい、すごく美味しいです！」
　その笑顔に、綾花はほっと胸をなで下ろす。１７歳になったねず族の少年はあっという間に完食すると、礼儀正しく頭を下げた。
「とても美味しかったです。ありがとうございました、綾辻殿」
「いえいえ、お口に合ってよかったです」
　綾花もぺこりと頭を下げる。そして２人は顔を上げ、ふふと微笑みあった。

　その後ゆっくりとお茶をしていた２人。鳶色彦はベッドの上で丸くなっている黒い生き物を目をやった。
「あれは猫じゃないですか？」
　綾花は少し眉をひそめている鳶色彦に、優しく言葉を返した。
「そうですけど、クロワは何もしませんから大丈夫ですよ」
「良かった。私はねず族の中では猫は平気な方なんですが……やっぱり余り好きではなくて」
　ぽりぽりと頭を掻く鳶色彦。綾花はそんな姿を可愛らしいなと思いながら、彼の前に小さな小さな包みを差し出した。
「はい、誕生日プレゼントです」
「え？！」
　鳶色彦の目が驚きに丸くなる。そして包みを開けた鳶色彦の目が、更に丸くなった。
「ノート？！」
　それは小さな小さなノート２冊だった。１つは表紙に『冒険ノート』とだけ書かれた、中はまっさらなノート。もう１つには中に小さく文字と絵が書き込まれている。書き込まれたノートに目を通していた鳶色彦が興奮したように顔を上げた。
「これは凄い冒険記録ですね……！」
　綾花はにこやかに頷いた。そこに書かれていたのは綾花が寝子島で体験した不思議な冒険録。冒険好きな鳶色彦が楽しめるだろうと思い作った物だ。綾花は夢中になって読んでいる鳶色彦に優しく言った。
「もう１冊は鳶色彦さんの冒険ノートです。書き方は鳶色彦さん次第。いっぱいになったらまたプレゼントしますから……またここに遊びに来て、私にも読ませて下さい。チーズも用意しておきますね」
「はい！　喜んで！」
　大きく頷く鳶色彦。
　その後も綾花は小さな少年との楽しい時間を過ごしたのだった。