５月の☆ハッピーバースデー｜リアクション

５月の☆ハッピーバースデー

●５日

　恵御納夏朝の横を、初夏の風が通り過ぎる。夏朝は柔らかな焦げ茶色の髪を軽く押さえ、その悪戯小僧をちょっと立ち止まりやり過ごした。

（一閃さん、どこにいるかな……）
　今日は夏朝の知人犬杜一閃の誕生日だ。夏朝は先月彼の従妹の誕生日をお祝いしたのだが、今日は一閃に誕生日プレゼントを渡そうと旧市街まで歩いていた。
　手には小さな紙袋。中にはプレゼントと、昨夜作ったクッキーが入っている。味は、大丈夫なはず。味見したけど、美味しかったもん。うん。
　夏朝は紙袋を見て小さく頷くと、きょろりと周囲を見渡した。
（会える、かな）
　彼を探しながらも心が何だかそわりとする。でも、けして嫌な感じではなくて。その時背後から声がした。
「あれ、お前……」
　静かな深い声。弾かれたように夏朝が振り向いた。
「一閃さん……！」

「こんにちは、一閃さん」
「ああ」
　夏朝がぺこりと頭を下げると長身の一閃も頭を下げる。その礼儀正しさを好ましいと思いながら、夏朝はそっと手にしていた紙袋を彼に差し出した。
「一閃さん……お誕生日、おめでとう！」
「え？」
　夏朝の言葉に一閃の目が意外そうに見開かれる。彼はパチリと瞬きをした。
「……これは、俺にか？」
　紙袋を指さす一閃に、夏朝はこくりと頷く。彼の涼やかな瞳がふっと細くなった。
「そうか……ありがとう」
　紙袋が一閃の大きな掌に渡る。彼の笑みに夏朝の心がふうわりと温かくなった。

「クッキーか……あいつに先に食べられそうだな」
　小さな公園のベンチに並んで座った２人。一閃は貰った紙袋の中を見て呟いた。あいつとは、彼の従妹の事だろう。あの元気な姿を思い出し、夏朝は思わずくすりと笑った。
「と……猫？　見た事あるな……」
　透明なセロファンに包まれた小さな猫のキーホルダーを、一閃が取り出し見つめる。可愛いというよりかはどこか格好いい猫だ。彼の隣で夏朝が柔らかく微笑んだ。
「うん、彼女にもあげたから」
「ああ、それでか」
　合点がいったように頷く一閃を前に、夏朝の胸はこそばゆくなった。どうやら４月生まれの彼の従妹は、夏朝のプレゼントを大事にしてくれているらしい。

　興味深そうにキーホルダーを眺めている一閃に、夏朝は問いかけた。
「一閃さん、最近どう？」
「ん？」
　一閃は顔を上げると、小柄な夏朝を少しかがみ込むように真っ直ぐ見る。そしてちょっと考え込んでから言った。
「悪くない。というか意外に色々忙しくて、面白いな」
「……そっか。良かった」
　真剣に答えてくれた年上の知人に、夏朝は噛みしめるように頷いた。

　それから２人は少し話をして別れた。
　一閃に手を振る夏朝。一閃も手を挙げると、真っ直ぐに帰って行く。その背中を見ながら夏朝はそっと手を下ろした。

　内緒だけど。彼へのプレゼントに本翡翠の物を選んだのには訳がある。
　一閃さんには、僕は魔除けの石が付いた物を渡したかった。彼の従妹と同じように。
　本翡翠は高いので、少し小さめになってしまったけど。
　守りたい、という気持ちは同じ。彼女も彼も、僕にとって同じ位大切な友達。
　……あれ、でも。

　その時さわりとまた夏朝の心が揺れる。やっぱりけして嫌な感じではなかったけど。

　……彼女は『友達』だけど、一閃さんは『友達』とは別なような。

　別なら何なのだろう。夏朝は考える。仲間？　それとも……。
　真剣に眉根を寄せた夏朝に、５月の風が吹き抜ける。頬に乱れた髪を押さえ、夏朝は顔を上げた。爽やかな風の行く先は、彼の店のある方角。
　しばらく夏朝は遠い先を見つめていたが、そっと両手を胸に当てると、目を閉じた。

　何れにせよ、心から願うよ。
　―――彼も、彼女も、幸せに過ごせますように。