草むらを駆けながらダストは思う、なぜ負けたのかと。人間の様な下等種族もいい所な存在に。
　斬られた右腕の付け根から血を流し、押さえても押さえても溢れ出す血に自身の最後が近いことをいやがおうにも悟る。

（力も勝っていた……状況は圧倒的だった……なのに……なぜ、なぜ……！）

　森を抜け、ダストはこの閉ざされた異世界の橋に辿り着くとそこに一人の男が石の上に座っているのを見つける。
　彼はダストの姿を見つけるとすっと立ち上がり、剣を抜いた。それは御剣 刀であった。

「遅かったじゃないか……さぁ、やろうぜ、ダスト……この前の続きをな」
「くっくっく、あっはっはっは……そうですかァ、最期まで……私は……あの男に……追い込まれて……」

　剣を構える御剣と同じ動き、同じ構え方でダストは赤黒い剣を魔力で生成し彼の方を向く。そこには先程までの取り乱している様子はなかった。
　それは最期を悟り、それでもなお自身の全てを尽くして戦うと決心した死へと向かう剣……静への執着と別離の証。

「いきますよ、あなたの剣技であなたの技で、あなたの力で……私は……あなたを殺します」
「ああ、望む所だ、ダスト！」

　構えたまま動かない二人。
　時が止まったかのような時間の中、ふと風に揺れた木から鳥が飛び立つ。
　その瞬間、二人はほぼ同時踏み込んだ。
　同じ速度、同じ角度の横薙ぎの斬撃。それは激しく音を立ててぶつかる、だが二人の剣戟は止まない。
　右斜め上、下段からの切り上げ、上段からの振り下ろしと見せかけた上段からの突き……何度も何度も二人は斬り結ぶ。

（強いなダスト、見違えたぜ……いいよ、凄くいい――斬って斬って斬って……どちらかが果てるまで斬り合おうぜ、ダストッッ！）

　お互い小さな傷が積み重ねるように増え、疲労も溜まっていく。だが二人の剣速は逆にどんどん上がっていった。
　ここに常人がいればそれは見えない斬撃だ、音しかしない、などと言ったに違いない。
　御剣の高速移動とそれをコピーしたダストの斬り合いは既に常人の域を軽く超えているのかもしれなかった。

「お互い、もう後がありませんよぉ……」
「そう、だな……はぁ、はぁ……」

　肩で息をする御剣、ダストは同じく肩で息をしながら辛そうな表情をしている。
　二人の傷はもう既に気を抜けば動けなくなる程まで積み重なっていた。お互いに気合と気迫の為す技である。

「次で終わりにしてあげます、あなたの剣技で、死になさい！」
「そうは、させるかぁッ！」

　高速移動したダストは空気を足場に下からすくい上げるように剣を振るう。既に斬られた腕の付け根の出血など気にもしていない。
　だが御剣はその動きを彼女のつま先の動き、肩の移動、重心の置き方から見抜く。
　なぜなら彼女が放った一手は何度も見た、今の自分の必殺の剣技。御剣の……祖父の剣。淡く重なるダストと祖父の影。

（そうだ、いい一撃だ。返す手はある、だがそれでは勝てない……それじゃ同じなんだ……それじゃ超えられない！　祖父の剣を！　俺は……俺は――）

　剣と剣が触れ合う瞬間、御剣は不思議な感覚に包まれた。
　それは時が止まったようなイメージ。ろっこんを使う時とは別の感覚である。
　世界は白黒だけで表現され、あらゆる時が止まる様なそんな感覚。

（ただ斬る。想いも……願いも……望みも……ない、ただの一振り、そうか……これが――）

　世界に色が戻っていく、ダストは御剣の背後で膝を折り項垂れている。
　御剣は剣を振り終えている動作で止まっていた。

「俺の……剣……ッ！」
「ぐふっ、がふっ……今のは、なんでしょうねぇ……私にも、見えない……がはっ、あれは……神速の……」
「さぁ、俺にも、よくわからない。だがこれだけは言える、いい戦いだった」
「ふふふ、最期の最期に……人に、人なんかに、感謝されるなんて……あひゃははは、変わった……終わり……ですねェ……っ」

　口から血を流し、ダストは目を閉じ地面に倒れた。土の上に彼女の血が広がり、彼女はもう動かない。
　戦いは終わりを告げたのである。


◆


「さぁさぁみなさーん、帰るのですよー、かーえーるーのーでーすーよー！」

　戦いが終わり、イヴァやちーあの回復魔術で傷の手当ても済んだ召喚者達は帰路につく。
　次々とゲートを潜って帰る彼らの中で騒いでる者達がいた。

「どうしたんです？　さ、触るんじゃ……ないんですかっ！　待ってるのも……恥ずかしいんですよ？」
「いや、その、あれだ、いざ、良いよって言われると、なんというかね！」

　赤面しながら顔を背け、イヴァはそっぽを向いて胸を竜司に向けて突き出した格好でじっとしている。
　竜司はと言うとそんなイヴァの胸に触りたいけど触れないなんというか手をワキワキさせた状態で悶えていた。

「はいはい、バカやってないでいくっぺよ」
「あーー、待って！　いま触るから！　ね、ほら！　あぁぁぁぁぁーーー」

　海斗に引っ張られ、ゲートに消えていく竜司を見ながら苦笑する御剣は手のひらを見る。

（あの感覚、何だったんだ……あの後、何度試しても上手くいかなかった……でもあの時、ダストと斬り合ったあの時、確かに見えたんだ……祖父の剣を超える……俺の剣が）

　片鱗。
　欠片。そのどれもでもいいが掴んだと思いを馳せる御剣の視界は急に暗くなった。
　柔らかい何かに包み込まれている。香りで彼は気づいた。少し甘いけど、柑橘系の良い香りがする……これはツクヨであると。

「がんばった戦士にはぁ、ご褒美をあげないといけませんからねぇ～？」
「……ありがとう、ツクヨ、なんかどっと疲れが出て……眠く……」
「いいんですよぉ？　おやすみなさぁ～い」

　ふと彼の右手にかなり、それもとてつもなく柔らかい何かが当たる。
　それは手の中でふにふにと形を変え、それが何かという事を彼の脳裏へと伝えていく。

「ま、ままままま、まさ、まさ、まさかっ！」
「あひゃはっ！　なんでしょうねぇ～？　わかりませんねぇ～？　んっ、ふぅっ、んんっ」
「～～～ッ！！」

　ツクヨの悩ましい声にがばっと顔を上げると、やはりそこには彼女の胸を自分が片手で揉んでいる光景。

「ご、ごめんっツク――あ、あれ？」

　見渡すとそこは自分の寝室。
　召喚される前と何ら変わりのない部屋。時計の時刻は夜の１２時を指していた。
　彼女の胸に触ったのは夢かと彼は思ったが、手に残るすごく柔らかい感触と部屋に微かに香る少し甘い柑橘系の香り。
　そのせいで、触った所は夢なのか、現実だったのかを曖昧にさせている。
　そして彼は朝までそれを考えてしまい、上手く眠れなかったとか。
　こうしてそれぞれは帰っていく、平穏な日常へと。


◆


　そこは異世界。
　どこかの異世界の歓楽街。
　雨の夜。
　腰まで伸ばした長い黒髪、浅黒い肌の女性が一糸纏わぬ姿で薄暗い部屋で伸びをする。
　背後にあるのはベッド、そこには中年太りの男性が横になっていた。

「もうたまらねぇや、まさかあんたみたいな上玉と一戦できちまうとはなぁ。な、もう一戦やろうぜ……報酬、倍出すからさっ」
「アヒャハッ……すきですねェ？　お客さん……でもでもォ……追加料金はァ、お金じゃないんですよォ？」

　浅黒い肌の女性は銀色の瞳を彼に向け、豊満なボディを彼に摺り寄せた。大きく柔らかい双丘が彼の腕に触れる。

「お金じゃないって、何を……って、か、体……ウゴカ、な、ひっ、た、タスケ――」

　彼の首筋に噛り付くと黒髪の女性はピンク色のオーラを吸い上げていく。
　男性は干からびていき、みるみるうちに皮と骨だけになり……最後には塵となって消えた。

「んふふふ、ご馳走様ァ」

　黒髪の女性は鏡の前に立つ。
　そこにはまるで色だけ黒く変化させた様なツクヨに似た女性が映っている。
　体のライン、顔の形、各部位の形状……何から何までツクヨと瓜二つである。違うのは色だけであった。
　雷が鳴り響き、その光で部屋内が照らされる。
　照らされた鏡に一瞬映ったのは……紛れもない、ダストの姿であった。

「ふふ、あはははは、アヒャハッ！　私は……ダスト、そう、不滅の……ダスト！」

　ひとしきり笑い、彼女は塵となって消えるようにその場から姿を消す。
　一つの物語は終わり、そしてまた新たな物語の糸が紡がれる。
　その糸が紡ぐは喜劇か、はたまた悲劇か。
　まだそれは……誰も知らない。