月下の雫｜リアクション

月下の雫

　その晩。
昼間の内に装備を整えた一同は、九夜山の麓に集合した。
ガラスの瓶は、予め酒造の店主にひとりひとつ手渡されている。
そのほか、各々必要だと思うものを用意立て、手に手にライトを持っていた。
中でもとりわけ役立ったのは、美咲紀とフィーリクスが準備した地図だった。
特に打ち合わせたりはせず別々に用意したものなので、
二枚の地図の情報はそれぞれ微妙に異なっていて、
それらをすり合わせることで結果としてより多くの情報を拾えることとなった。
「美咲紀ちゃん、意外と充実した装備だな。よく調べてあるじゃねえか」
「はいです！　いくら九夜山とはいえ、夜間登山は油断大敵。
備えあれば憂いなし、です！」

　まったくだな、と同意するフィーリクスはサイクルショップの店主というだけあって
アウトドア全般にある程度、広く浅く知識は持っている。
まさか酒のために使うことになるとは思わなかった知識ではあるが、
夜の山をナメてかかると大変な目に遭うという
危機感は持ち合わせているつもりだった。
「慎重に慎重にいかないとな。
この人数で登るんだ、ペースは一番遅い奴に合わせよう。
そうすれば慣れてる奴もリカバリしてやりやすいだろう」
　フィーリクスの言葉に続いて、理紗子も声を上げる。
「もしも不調を感じたら、すぐに私に声をかけてね。
内科医だけど、軽い応急手当くらいはできるわ」
　そのほか、声を掛け合うこと、
できるだけ離れ離れにならないこと、などを取り決め、
一同は月虹花を求めて、夜の九夜山登山を開始した。
　満月の夜は、真っ暗な夜よりも多少見通しが良くなるぶん、気が緩みやすい。
一同細心の注意を払ってはいるものの、しかしロケーションは夜の山、
未知の花との出会いが目の前に転がっているとあって、
浮き立つ気持ちは抑えきれない。
「月明かりが綺麗ね。何か素敵なことが起こりそうな予感がするわ」
　マリエッタが華やいだ声でつぶやいた。
「そうね。私も久しぶりのお休みに面白い体験ができそうで楽しみだわ」
「でも、大丈夫かしら……。もしも、なにか出てきたりしたら……」
　真優理がマリエッタに同意する一方で、根が臆病な理紗子は少し不安げだ。
あまり表に出さないようにはしているが、
月明かりに照らされた森が黒々と落とす影が揺れたり、
夜行性の鳥の声や動物の足音が聞こえる度に心の中で悲鳴を上げている。
「なにか、というと例えばなにがある？」

「えっ！？　そ、そうね、虫……とか……？」
　後ろを歩いていた修に尋ねられ、理紗子は慌てて誤魔化した。
まさか一回りも年下の男の子に、
お化けが怖いなんて打ち明けられるはずもない。
それに、こちらも嘘ではない。理紗子は虫も苦手なのだ。
「虫くらいなら俺が何とかしてやるから安心しとけ。
それより、虫に驚いて転落事故、なんて勘弁してくれよな」
　フィーリクスが笑って請け負い、理紗子は複雑な笑みを浮かべる。
その時、先を歩いていた夏朝が珍しく大きな声を上げた。
「あっ！」
　一同が登って行こうとしている比較的登りやすい登山道を
大きな岩が塞いでいた。

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