●５組のホームルーム●

「えっとまあ、学級委員選挙ですから……」
　ボソボソと五十嵐 尚輝先生が、ホームルームの開始を告げると、
「ククク、選挙だなどと……笑わせてくれる」
　メガネのブリッジを押さえながら、鈴木 修一郎がやおら自分の席から立ち上がった。
　そのまま教壇の五十嵐先生を押しのけ、偉そうに立候補するのかと思ったら、
「この私が細々としたことなど手伝ってくれようぞ！」
　といそいそと五十嵐先生を手伝い始める。
「おい貴様！　そう、貴様だ。
　そのチョークを私に寄越すがいい。
　何をするつもりだと？
　ふん。愚問を……決まっているではないか。
　この私が板書を手伝ってやろうと言うのだ、遠慮などするものではない」
　と五十嵐先生からチョークを受け取ったかと思えば、
「むっ。そこの……貴様！
　そうとも、そこの黒紫の髪の貴様だ。何をきょろきょろしている？
　今、一瞬手を上げかけただろう。
　学級委員への立候補だな？　クク、よかろう。
　この私が手ずから板書してくれよう。姓名と漢字を分かりやすく言うがいい」
「目 鏡子……苗字の方は、お茶目の目って書いて、さがん、ね」
　とポーズ付きで教室中に、可愛らしいウインクをキメる鏡子。
「でも、いきなり何言ってんだか。あたしは手なんて上げてないし。
　だいたい、学級委員なんて面倒なこと、やるワケないじゃん？」
「ククク、戯れ言を……。大衆の目は欺けても、この修一郎の目は誤魔化せんぞ」
「やー、あたしは剣道部が忙しいからさ。学級委員はパスかな」
　そう言ってさっさと鏡子は、自分の席に座ってしまった。
　フムそんなはずは……などと、ぶつぶつ首をひねっている教壇の修一郎をよそに、こちらでは、
「あのう……学級委員とはなんでしょうか」
　と清秋院 静香がおっとりと、隣の席の尾鎌 蛇那伊に訊ねていたりする。
「あら、ウブね。そんなことも知らないの？
　学級委員ってのは、ほら、アレよ……ええと何だったかしら？
　そうね……クラスの意見を取りまとめたり、伝言係っていうか」
　ムキムキの首をひねって困っている尾鎌に、見かねた森 蓮が、
「学級委員はこの組の代表であり、生徒の模範です」
　と助け舟を出してやる。
「まあ、そうなんですか。それは大変なお勤めですね……。
　ご親切に教えて下さって、どうも有難うございました」
　尾鎌と森の２人に、深々と礼を述べる箱入り娘。
「ところで、選挙とはなんでしょうか」
　こうしてこの後も静香は、学級委員選挙とすべての委員の仕事について、２人を質問攻めにすることになるのだが……、森蓮の方はいやな顔ひとつせずに、最後まで熱心に彼女に付き合ったことは、言い添えておこう。

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　・学級委員の定員は４名。
　・立候補を募り、欠員が出た場合はさらに推薦候補を募る。
　・推薦された生徒が、欠員の人数を上回った場合は、クラス内の投票で決定。
　・選挙は、投票用紙に候補者１名の名前を書いて投票する、無記名方式。
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　森蓮が学級委員の選出方法について、わかりやすく静香に説明しているうちにも、続々と立候補の手が上がり……、５組の学級委員はまず、３名までが立候補で確定した。
　綾瀬 エルミル、邪衣 士、八城 昌也らの立候補者たちが壇上に上がり、順番に就任の抱負を発表する。
「折角日本に留学して来たんだから色々な事に挑戦してみよう！
　と思って立候補してみたら、そのまま確定しちゃいました！」
　ふわっふわの金髪ポニテを揺すって、うれしそうに、そう述べるのは綾瀬 エルミルだ。
「皆が楽しいと私も楽しいし、クラスの皆が楽しければ学校全体もきっと楽しくなると思います。
　皆が楽しく学校生活をおくれるように、楽しくお仕事をして行こうと思います」
「じゃあ俺は、他の学級委員のフォローでもやろうかね。
　いわば相談役って奴かな」
　癖毛を指先で気にしながら、邪衣 士も壇上に登った。
「まぁ、せっかく学級委員になるんなら勉強強化週間を作りたいかなっとも思うんだが……
　この５組の平均成績を普通科上位クラスにするために……って皆勉強は嫌か？」
「えーーーー！」
　と机をばたばた叩いて、野々 ののこが抗議の声を上げるが、真面目な生徒の多くには、邪衣の提案は前向きに受け止められた様子だ。
　ノリと勢いで立候補してしまった八城 昌也の方は、しばし考えあぐねてから、「うん。あれだ」と、ぽんと手をたたいた。
「何か面白い事やるにも発言する機会がないとなかなか出来ないじゃん？
　で、そういうチャンスに自分から近づいてみるのもいいかな？　って思ったわけなのよ。
　勿論、クラスの皆が何かしたいって時はその意見をばっちし学校側に届けちゃうから安心してねん♪」
（八城か、少し軽そうな奴だが、仕事をきちんとこなす気はあるようだ）
　そんなチャラチャラした昌也の様子を見ながら、佐藤 良守はひとり頷く。
（仕事が出来ることと、四六時中真面目でいる事は、必ずしも直結しないだろう。
　真面目すぎて人にもこうでなければならない、と押しつけたりして倦厭される奴もいるからな。
　……昔の俺みたいに）
　過去の自分をわずかに自嘲しながら、八城の抱負に耳を傾けるのだった。
　良守は現在、寝子島高校の理事長・桜栄 あずさの邸宅で、執事見習いとして働いている身分。
　したがって、どの委員にも立候補する時間的余裕はないのだったが、仕事を引き受けるその責任と重荷については、彼もよく心得ているつもりだ。
「皆さん、学級委員に決まった人たちを拍手でお祝いしましょう」
　率先して音頭を取って立ち上がった尾鎌 蛇那伊に続き、良守もたしかな信任の拍手を重ねるのだった。

　さて、こうして３人の学級委員が決まったが、まだ定員のうち、残り１枠が空いている。
「はい。私は野々 ののこさんを学級委員に推薦します」
　そこでゆっくりと挙手をしたのは、森 蓮である。
「理由は新入生の誓いが立派だったからです」
　とつぜん自分の名前を呼ばれて、びっくりしているののこを横目で見守りながら、蓮は丁寧にその推薦の理由を挙げていく。
「ののこさんの美徳は自然体です。
　問題があったとき、素直に人に助けを求められるのは美点だと思います。
　卑下も思い上がりもなく、自分の気持ちに正直に向き合えるのは称賛に値します。
　そんなののこさんには名誉ある学級委員がふさわしいと感じています」
　もはや応援演説とすら言ってよい蓮の言葉に、「うきゃー」と身をよじって恥ずかしがるののこだったが、学級委員に推薦されたこと自体は、まんざらでもないみたい。
「うんっ！　やってみてもいいよー」
　と教壇に登って、嬉々として自己アピールを始める。
「だって学級委員になると、頭が良くなるんでしょ？
　あっでもそしたら、みんなで代わり番こに学級委員やるのもいいかも！
　そしたらみんなの成績が上がって、士君もいっぱいよろこぶもんねっ」
　……んん？　邪衣 士ほか、クラスメイトの大半がおもいっきり首をかしげる。
（大丈夫なのか……野々に任せるのは不安だな、何となく）
　佐藤 良守の心配をよそに、すでにののこ本人はもう、やる気満々である。
　そして、ののこ以外の候補を推薦する者は、他に現れないようだ。
　大丈夫なのか？　このままでは、５組の最後の学級委員は自動的に、野々ののこになってしまう……。
　彼女に大事な委員を任せて、このクラスに未来はあるのか？　後悔はないか？
　教室中に、にわかに不安の暗雲がたちこめる。
　ピンチだ危うし、１年５組！　……というところで、
　
　ガラガラ……
「す、すみません……遅刻しました……」
　七夜 あおいがうつむきながら、教室に現れた。

　七夜あおい、まさかのホームルーム遅刻である。