【おやつの時間にケーキ屋さん】

　部活帰りの志波 拓郎は、この日、新しいリストバンド目当てでアクセサリーショップをのぞいたあと、ピンクでメルヘンな内装がかわいらしいケーキ屋さんに来ていた。
（おいしい紅茶に、ケーキを二つ。寮に戻る前に、ティータイムってのもいいよな）
　正直なところ、あからさまに女性客狙いの雰囲気に、男が一人で入るのには抵抗を感じる。
　木製の扉には造花とリボンで縁取られたウェルカムボードが下げられ、出窓には刺繍の入ったレースのカーテン、それにクマのぬいぐるみまで飾られている。
　いじめか、と思う。お店の名前は、『シュガーラスク』。とことん甘い。
　どうやら、抵抗を感じているのは拓郎だけではないらしい。
　物陰から、こんな声が聞こえてくる。
「うわぁ……、噂のケーキ食べてぇけど、こんなピンクの内装じゃ……。かといって、一人でなんて」
　気持ちはわかる。心の中で励ましの言葉をおくる。
（さて、何を頼むか。おすすめのチーズケーキと、あとは季節の新作でもあればそれを……）
　気持ちはすっかりケーキにとらわれ、扉に手をかけたときだった。
「あっ！　ちょ、待って待って！」
　そういえば、聞き覚えのある声だなと思う間もなく、腕をつかまれた。
「天の助け！　一緒にいいか！？」
　すがりついてきたのは、同じ桜花寮の友人、桜井 ラッセルだった。見ると、微妙に腰が引けている。
「もちろん。……一緒に、食べよう」
「マジで助かる！　はーっ、よかったあ」
　胸をなで下ろすラッセルと共に、中に入った。
　あたたかな空気が身体を包み、甘くて優しい香りが鼻孔をくすぐる。
（どれもおいしそうだな）
　ガラスケース越しに並ぶケーキは、フルーツも色鮮やかで、見ているだけで心が浮き立つ。
「うまそー」
　人目につきにくい奥の席にラッセルと座り、これまたピンクのふりふりエプロンを身につけたウェイトレスにケーキと紅茶を頼む。
　店内には何人か同じ学校の生徒がいた。
（今日は、やけに寝子島高校の生徒をキャットロードで見かけるような？）
　天気がいいからだろうか。ちょうど今入って来て、四人がけのテーブルに座る三人組は、さきほどのアクセサリーショップでも一緒だった。
　さほど待つこともなく運ばれてきたケーキを、「いただきます」と、二人で拝んで口に運ぶ。
「――っ、マジ美味い。諦めずに入ってよかった……！」
　チーズケーキを一口一口味わうように頬張り、ラッセルが幸せにひたる。
「おいしい……、な」
　また来ようと心に決める。
「もうマジ恩にきるよ。はー、濃厚な味わい最高。……そういやさ、この後はどうすんの。今日部活だったよな？」
「ん？　ああ、……部活上がりに、甘い物……欲しくなって、な」
「そっかー。身体動かすとハラへるもんな」
（やっぱりケーキには紅茶が合うな）
　一度入ってしまえば、静かな音楽の流れる店内は居心地がいい。
　しばらくゆっくりしていこうと、拓郎は思った。

　そんな二人と、ついたてをはさんで座っているのは、三年の葵 水姫だ。
　さきほど服屋で、これだと思えるようなミニスカートを購入してご機嫌な彼女は、現在、いちごのモンブランに舌鼓をうっている。
（んー、おいしい）
　たまの息抜きは大事だと思う。
（最近、水泳の練習と生徒会の活動ばかりやってるもの。あとは、そう、勉強とかね）
　そこに、一人で来店した下級生を見かけて、声をかけた。
「よかったら、こっちに一緒に座らない？」
「あ、はーい、こんにちは～。おじゃましますねぇ」
　伊藤 佳奈と名乗った少女は、水姫の前に腰かけて、ケーキを二つ注文した。
「先輩が食べてるケーキは何ですか？　おいしそうですね～」
　食べることが好きらしく、運ばれてきたケーキも、おいしそうにぱくぱく食べる。
「細いのに、よく入るわね」
　気持ちの良い食べぷりに、うらやましくなる。
「あたし剣道やってるんですけど、帰ったら練習あるし、とったカロリーはすぐ消費できちゃうんですよ～」
　そこから剣道の話をいくらかするうちに、佳奈は食べ終わって満足げにお茶を飲んだ。
「おいしかったぁ。スポンジしっとり、クリームたっぷりでしあわせ～」
「ふふっ」
　あけっぴろげな笑顔に、こっちまでうれしくなる。
「あ、そうだ。あたし、ラブレターのこと店員さんにきこうと思ってたんだっけ」
「ラブレター？」
　たずねると、佳奈は携帯を片手にいきさつを説明してくれた。

「ちょっと……、話、きいてくる」
　ついたての向こうで、女子生徒が店員もまじえてラブレターの話をしだすと、拓郎が席をたって、そっちの話題に混ざりだした。
「笹の模様を……使いそうなのって、寿司屋、くらい……かな」
「あー、たしかにねぇ」
（ラブレター？　寿司屋……？）
　ウェイトレスも、申し訳なさそうにこう言う。
「どこのお店だったかしら……。見覚えはあるんですけど」
（探し物か？）
　話についていけないラッセルは、首をかしげる。
「結果、……わかったら、教えてくれ……よな」
　そう言って席にもどってきた拓郎に、ラッセルは説明を求め、ラブレターの写真も見せてもらう。
「へぇ、……こんだけじゃ全然わかんねーな。本物なら持ち主は落ち込んでるだろ。ま、俺は興味ねーなぁ」
　そんなことより、今はケーキだ。
（んー、けど……）
　ケーキを口に運びながらも、ラブレターと聞いて、思い出が呼び覚まされる。
（……俺の始まりも、ラブレターだったな）
　大切なあの人を想い、睫毛を伏せる。
（会うだけじゃ想ってる全部を伝えられなくて、時間がなくて、不器用で――）
「すっげー遠回りしてたのにな……」
　口の中で、小さくつぶやく。
　寝かせたままの友情もありだろう。けれど、あがいたからこその実りもあって――。
（あいつと一緒に来たかったな。……そうだ）
　ラッセルは、食べ終わって拓郎と挨拶を交わすと、レジでケーキを注文した。
「お持ち帰りお願いします」
　食べさせてやろうと想った。好きな物を分かち合いたい。
（すれ違った分を埋めて余るぐらいにな）
　手渡されたケーキの箱を、大切にその手にかかえた。

「えっとえっと、私、ミルフィーユとロイヤルミルクティー！」
　高尾 日菜は、目の前に置かれた白いお皿に乗ったケーキを見て、顔をほころばせた。
「疲れたときには甘いものに限るよね！　えへへー、おいしそう！」
「盛りつけもかわいらしいですねぇ」
　加瀬 礼二がにこやかに相槌を打つ。
　葛城 璃人も、自分のミルクレープを前にして、そわそわしていた。
「はぅ、お二人のも美味しそうなのです……っ。一口味見下さいなっ！」
「もちろんどうぞ～」
「うんうん、ひとくちずつ、とりかえっこしよう！」
　お皿を差し出されて、璃人はぱっと笑顔をみせた。
「やった！　りぃのもどーぞなのです。はい、あーん♪」
　フォークですくったケーキを二人に食べさせて、ちょっぴり頬を赤らめる。
「はぅぅ、自分からやったとはいえ、なんだか照れちゃいますねコレ。でもでも、どのケーキも美味しいのです♪」
「んーっ、おいしー！」
　今日購入したアクセサリーや、このへんのお店の話題で盛り上がる日菜と璃人に、うなずきつつ、礼二は言った。
「そういえば、今度駅ビルの方に新しいお店が入るようですよ～」
「えー！　いろいろできてて嬉しいね。オープンしたら見に行こうよ」
「りぃは、お洋服も欲しいんですよー」
「では今度、古着屋さんも見てみましょうか」
「いいねー！　あ、そうそう、そういえば、ラブレターが見つかったって話題になってるよね。どんな人がどんな人に送ったんだろうね？」
「はわー、ラブレターですかー。青春ですねーっ」
　なごやかな時間のおしゃべりは途絶えることもなく、頃合いをみて、礼二はいったん席を立った。
「すみません～。ちょっと電話してきますね」
「いってらっしゃーい」
　その隙にそっとレシートを手に取り、三人分の会計を済ませてしまう。
　帰りに二人に、「えーっ！」と声をあげられたけれど、そこは礼二も譲れない。
「ごちそうさまっ」
　礼を述べる二人に、礼二は告げた。
「今日はとても楽しかったです。また一緒にお出かけしたいですねぇ♪」