つつもすすはらいて｜リアクション

つつもすすはらいて

　異変に気づいて、雨寺凛は青ざめた。同じ桜花寮の七夜あおいの姿が夜中に忽然と消えたというのだ。さらにはあの山の黒い影。
「あおいちゃんがどこにもいない！　それにあれ、何が起こってるんだろう……？」
凛は落神神社へと急ぐ。朝から授業をさぼるなんてとんでもないことだが、あの黒いものを見ていると、心がざわついて仕方がないのだった。あれは何とかしなければいけない。ひょっとしてあおいは、あの場所にいるのかもしれない。その凛の予想は最悪の形で的中することとなった。
「何……このおっきい黒い塊……」
鳥居をくぐった先は異次元と言ってもよいほどの変わりようだった。森の木々より、黒髪の塊の方がはるかに大きい。巨大なマントのように境内全体を覆いうねり狂う黒髪は、生暖かい不気味な空気の動きを発生させていた。
「あ、あおいちゃん!?」
あおいはパジャマ姿のままだ。両手をだらりと垂らし、生気がない。髪はほどけ、高い位置で結ばれているはずのテールの片方には、和風の櫛がつけられていた。
「なんか変……だよね……ってうわぁっ!?」
あおいは突然、表情ひとつ変えないまま凛に向かって猛突進してきた。慌てて鳥居の外に逃げる。あおいはそこでぴたりと止まり、こちらにぼんやりと顔を向けていた。突然のことにへたり込む。
「通り抜けられないのかな？」
鳥居の外は安全地帯だと把握した凛は、じっくりと中を観察した。放心したあおいのはるか後ろ、黒髪の壁の中心には、白い顔の和服の少女が立っている。
「全部あの子の髪なの？」

――つつもがみのうらみはらさでおくべきか

静かにたたずむ少女の声はそう聞こえた。気になって、凛は鳥居を大きく回りこんで謎の少女に近づこうとした。あおいだけではなく、別な誰かが遠くにいるのも見える。
「人間め。何の用か」
声とともに、足元に黒い長いものが突き刺さる。それは少女の髪だった。柔らかくうねっていたはずの髪は鋼のように硬い。
「うわっ！　危なっ！」
もしこれが刺さっていたらと考えると恐ろしい。血を見るのは怖い。自分の血ならなおさらだ。
「敵意むき出しか……それならこっちだって、反撃させてもらうよっ！」
右の耳に触れ、ろっこん『虚偽声楽』を発動させる。凛の喉からは、耳をつんざき、頭が割れそうになるほどのハウリング音が発せられた。
（これでどう!?）
ところが、少女も、あおいも、まったく反応しない。
「わぁ!?」
少女は横を向いたまま。長く垂れていた髪だけが伸び上がり、凛の腕や足、頭までをもからめ取る。視界をふさがれ、凛は慌ててもがいた。髪で覆われた隙間から見えるのは、うつろな目をしたあおいと、彼女が手にしている櫛。あおいの頬や指先には、まだ新しい傷があり、血が流れたあとがあった。
「きゃっ……！　あおいちゃん、血、血が、どうして、この子ってやっぱり危険な、あ、ああ……！」
（声がで、出ない!?　体が、動か、な、い……！）
長い髪をとかすように、あおいは凛の髪に櫛を差し入れる。もっとも恐怖を抱く血液を目にしてパニックを起こした凜は、その恐怖から解放されることがないままに意識を失った。黒髪の塊の主である少女と、虜となったあおい、そしてあおいと同じく操られる運命を受け入れた天野は、新たに堕ちた『仲間』を見つめた。