つつもすすはらいて｜リアクション

つつもすすはらいて

　ひふみの書き込みを見た八神修の顔がこわばる。霧生深雪はまずい、と思った。
「おい、シュウ。……シュウ！」
強めに呼びかけるが、修はそれに答えない。
「七夜だ……間違いない。学校に来ていないし、姿が見えなくなったと、桜花の、連中が……言って……」
常に合理的で、時に冷徹ですらあるこの親友が、今あきらかに冷静さを欠いている。深雪は自分の予想が正しかったことを知った。修が、彼女にどんな思いを抱いているのかを。まだ他の生徒からは、修の動揺は気づかれていないはずだ。しかし深雪には、修の混乱と焦り、そして怒りがひしひしと感じられていた。こうなっては、このまま普通に登校などできないだろう。
「行くか？」
深雪は短くそう尋ねた。
「……頼む」
返ってきたのは搾り出すような答えだった。

　熱くなったり、シニカルになったり自分を素直に出せない深雪の心を和らげてくれるのが修だった。だが今日ばかりは、自分がコントロールする役割に回らなければなるまい。深雪はついぞ見たことのない表情の修を見つめて、そう思った。
（まあ、七夜が関わってるからなんだろうな。仕方ねぇな）
深雪と修は、準備を進めていく。言葉の交わされない中、手だけがてきぱきと動いていた。その装備たるや実にものものしい。深雪が用意したのは金属バット、一キロの釣り用の重りが六つ、スタンガン、点火棒、包帯。修はエアガン、包丁、スタンガン、包帯。まるで暴走族の殴り込みだ。深雪は黙々と装備を袋につめる修をちらりと見る。その目つきは殺気立ってすらいた。
（今のこいつなら人殺しぐらいしかねない。やらかしちまったら、絶対正気に戻ったとき後悔するに決まってる。俺が手助けして、最悪の事態は止めてやらねぇと……！）
「ミユ。……これで十分かな」
普段の彼なら、「よし、これで十分だ」と言うだろう。言葉は、修の迷い、苦しみ、そして憤りを表していた。
「ああ、十分だ。……大丈夫だ。行こう」

「うわー！　すごいのだワ！」
　寝子島高校の窓から九夜山を見上げ、御薗井Ｅセレッソは目をまん丸にして驚いた。澄んだ青い瞳いっぱいに映るのは、まがまがしい黒い姿。彼女の周りの生徒たちも、突如として現れた巨大な怪異にどよめいていた。
「アレはいったいナニ？　うーん？　もしかしてフトーホーキってやつカシラ！」
　怨霊だ、いや妖怪だ、誘拐事件も起きていると生徒たちが不穏な噂に沸き立つ中、セレッソは黒い塊をじっと見つめながら、他の者とはまったく違うことを考えていた。
「お掃除したら使えるモノなのかもしれないし……汚いままだと、神社もかわいそうナノ！」
セレッソはがたりと立ち上がる。この異常事態に学校を独断で飛び出してしまっている者も少なくはなかったから、セレッソの動きに特に注意を払うものはいなかった。
「わたし、神社にお掃除しに行くワ！」
携えるはデッキブラシとバケツ、二リットルの水が入ったペットボトル。思いついたら即行動すべしと、セレッソは赤毛をぴょんぴょんと弾ませて、一目散に黒き怪異が待つ九夜山へと向かった。

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