五月病は恋の始まり｜リアクション

五月病は恋の始まり

　波の音はリズミカル、風もあり、空は雲一つない晴天。数分も歩けばもう、額がしっとりと汗ばんでくる。
　夏日だ。碧い足音が聞こえるようじゃないか。
　いよいよ夏がやってくる。今日はその予告編といったところか。
　さくさくと砂浜を踏み、三折部朝衣は海を目指す。黒いウェットスーツを着込み、脇にはサーフボードを抱えていた。今年になってこのボードと海に出るのは三度目になる。今日もよろしく、とでも言うかのように表面をぽんと叩く。

　本日は役所も休み、朝衣はこの寝子ヶ浜海岸で、寝子高時代の同級生と合流していた。
「みおりん！　ひっさびさ！」
　大きな手を振っているのがまさしく彼女だ。
　愛称は『よっしー』、彼女も寝子高サーフィン部のOGだ。健康的に焼けた肌、ベリーショートの髪、髪は金に近い栗色で、すらりと背が高く手足も長い。それでいて好物は牛丼、三食全部牛丼でも大丈夫という食通（？）で、しかも毎回特盛りギョクを頼むというハンサムな女子である。
　午前から午後にかけさんざん楽しんだ後、砂浜にシートを広げ休憩を取る。頬を水滴が伝い落ち、これを陽射しが渇かしていくのがわかる。
「で、よっしーのキャンパスライフはどんな感じ？」
　両手をついて半身だけ起こし、仰向けに日光を浴びる。話しながら朝衣は、伸ばした足を組み直していた。
「まー、やっと大学生らしくなってきた、ってとこかな」
「どういう意味？」
「『大学生』っぽく見えるよう演じていたのがこれまでとすると、ここにきてようやく、リアルな大学生になってきたって感じ」
「いまいちピンと来ないんだけど」
「授業をサボるコツも、良い感じの人と友達になったり、ちょっとお近づきになりたくない人から微妙に距離を取るコツも、なんとなく身についてきたと思う」
　と言うよっしーは両腕を重ねた上に顎をのせ、ぺったりと背中を太陽にさらしている。
「そういうのが大学生なの？」
「一例よ、一例。同学年には人脈を広げるべくセミナーだの勉強会だのインカレサークルのパーティだのに顔を出すのに忙しい人もいるし、今のうちからダブルスクールに通って、資格の勉強に精を出してる子もいたりするし」
「あ、聞いたことある。それ『意識高い系』って言うんでしょ？」
「んー、まあ揶揄するのは簡単だけど、それで本人が充実してるならいいと思う。でもあたしはパスかな。面倒だし」
　なるほど、と朝衣は思う。どうしても画一的になる高校までと違って、高校卒業後は同じ『大学生』といっても色々あるわけだ。もちろん、自分のように一足先に社会人になるという選択もある。社会人になれば職業によってまったく考え方や行動様式も変わってくるだろう。『未来は無限大』、高校の卒業文集にそうメッセージを残した同級生がいた。当時はふうんと思うだけだったが、今はその意味が、ようやくわかってきたような気がする。
「充実といえば、アツシ君だっけ？　彼氏とはどうなのよ」
　朝衣は前髪をかきあげた。するとよっしーは、待ってましたといわんばかりにがばと身を起こしたのである。
「あっくん？　超元気してるよ」
　きらきらと目が光っている。
「彼さー、最近すぐ泊まりに来いっていうわけ、一人暮らしだから。なのに、いつも掃除すらロクにしてない。もしかしてあたしのこと家政婦かなんかだと思ってない！？」
「でも掃除はするんでしょ？」
「するけどさ……あ、先週なんて……」
　よっしーがとうとうと語るのはノロケなのだか不満話なのだかわからない。実際はその両方なのだろう。
「それはそれは……」
　聞く朝衣も笑ったりあきれたり苦笑したり、なかなか忙しいことになった。

このページにイラストを設定する