もふもふ！大型幻獣と遊ぼう！｜リアクション

もふもふ！大型幻獣と遊ぼう！

　引っ越し屋での早朝アルバイトを終えて、優木遥斗は寮への道筋を辿る。
　手には、差し入れにと貰った、丸々として艶やかなスイカが１玉。
　穏やかな日常に、テオの声が穴を開けたのは、突然のことだった。
　その内容に息をついていたところ、ぶわり、頭上に影が差す。
　空を見上げて――遥斗は、小さく呟きを漏らした。
「驚いたな……」
　目の前に舞い降りたのは、鷲の翼を持つ大型獣――翼獣だ。
　表情筋はあまり仕事をしていないが、遥斗からすれば、言葉通り、中々に驚いているつもりである。
　じぃ、と相手を見つめながら、遥斗は、念の為だと愛用の竹刀の位置を確かめた。
　肩に担いでいるそれへと油断のない眼差しを僅かに流せば、翼獣が幾らか身体を固くする。
　相手が滲ませた仄かな警戒の色を目に、遥斗は、細く息を吐いた。
（どうにも、動物は苦手だな……）
　触れれば、怪我をさせてしまうのではないか。
　そう思うからこそ、遥斗は常は、猫や犬、小鳥といった生き物には自分からは近寄らない。
　目の前の翼獣にも、どう接すればいいのか量りかねたが、
「……向かってはこないんだな。逃げようともしない、か」
　遥斗の行動に微かに警戒の色を見せた以上のことを、翼獣はしなかった。
　どころか、遥斗に害意がないと察したらしい今は、興味津々といったふうに輝く瞳を、遥斗へと向けている。
「……俺のことが怖くないのか？　全然怖くないとしたらそれはそれで落ち込むけどな」
　零すも、やはり翼獣は、じっと自分を見つめている。
　それを何とはなしにくすぐったく感じたその時、遥斗はふと、腕の中の重みを思い出した。
「人の食べ物は不用意に与えてはいけないかな」
　そうは思ったが、スイカ――果物なら、もしかしたら欲しがるかもしれない。
　そっと目の前に翳してみれば、翼獣は嬉しそうに尻尾をぴん！　と立てた。
「気になるか？　ちょっと待ってくれ」
　足元のコンクリートに、軽く叩きつけてスイカを割る。
　甘い香りのする欠片を手に持って目の前に寄せれば、
　――ぱくっ。
　翼獣は、躊躇いなくそれを口にした。
　慌てて、手を引っ込める遥斗。
　内心心臓を跳ねさせながら、遥斗は、翼獣を改めて間近に観察した。
（モフモフしてるな……）
　傍に寄り添っているだけで、不思議と、温もりが柔らかく染みる。
　その温度を享受しながらも、遥斗は、翼獣へと手を伸ばすことはしなかった。
　自分から触れることができないのは、自分も、身体を触られることに慣れていないからだ。
　小動物だけではない。
　人に触れる、抱き締められる、といった経験から、遥斗は縁遠いところにいた。
　それを、寂しいと思うこともない。
「俺は冷たい人間なのかもしれない……いや、臆病だからかな」
　声を落とした、その時だ。
　スイカの欠片を食べ終えた翼獣が、遥斗へと、甘えるように静かに身を寄せた。
　温もりが、今度は直に触れる。
　それでも、遥斗の手は翼獣には伸びなかったけれど、
「……全然怖くないとしたらそれはそれで落ち込む、と言ったんだが、聞いてなかったのか？」
　遥斗自身も気付かぬうちに、ごく僅かに和らぐ目元。
　翼獣だけが、その変化を察したように、益々以って遥斗へとひっついてくる。
　手のやり場もわからないままに、遥斗は、おっかなびっくり、されるがままになっていた。

　そして、やがて訪れる別れの時。
「まだ、名乗っていなかったな。俺は、遥斗。ハルト、だ。わかるか？」
　くくる、と、承知した、と言うように翼獣が喉を鳴らす。
　その鳴き声は、どこか寂しげに、遥斗の耳を揺らした。
「――会えて嬉しかった」