ジャガイモ畑でつかまえて（精神）｜リアクション

ジャガイモ畑でつかまえて（精神）

●山道、月詠と畑夫妻

　そろそろ日も落ちようという頃。
　いつものようにスケッチブック片手に、九夜山を散歩していた旅鴉月詠は、大喧嘩かましながら歩いて来る老夫婦と出会った。
「おや、貴方は畑さんじゃ？」
「ん？　おお、あんたはこないだキャベツの収穫ん時に、世話になった嬢ちゃんじゃな」
　特徴的な白い髪と赤い瞳に、畑夫婦は農作業用の帽子を取って、軽く頭を下げる。
「そんなに大きな声で、どうしました？」
　月詠の問いに、耕作は口をへの字に曲げて押し黙る。
　代わりに、奥方が事の顛末を答えてくれた。
　耕作がジャガイモの収穫を手伝わせたいばかりに、テストを控えた孫の学校に勝手に休みの電話を入れてしまった事、そして怒った孫が出て行ったきり見当たらない事。絞めたばかりの鶏が、無くなったこと。
「なるほど。それは耕作さん、貴方が悪い。江戸時代ではあるまいし、切羽詰っている訳ではないでしょう？」
「ほらっ！　お嬢さんだって、言ってるじゃない！　アンタが悪い」
「ババアは黙っとれ！　勉強なんかいらん、ワシだって勉強なんか一つもせんでも、立派にやって来たぞ」
「威張って言う事か！」
「うるっさいのう！　大体ババアが、そふとを甘やかすから」
「アンタがちょっかいばっかり出すから、そふとがヘソ曲げるんでしょうが」
　老夫婦が小突き合いを始めた。
　段々本題からずれる二人を、やんわりと宥めながらも、月詠も言うべき事はハッキリと。
「勉学を蔑ろにして良い訳がない。学がなければ先の可能性も開けない。
　耕作さん、貴方は自分の孫が馬鹿であると思われたいのでしょうか？　テストの成績はステータス。
　貴方が大事でなくても、子にとっては大事なものです」
　確信を持って指摘されれば、耕作はまたもしょんぼりと頭を垂れる。
　そふとが家族以外の者に対してヘタレ属性なのは、どうやら爺の遺伝らしい。
「勿論、収穫は農家的に大事でしょう。しかしテスト期間くらいは、解放してあげてください。
　学生の本分は、勉強なのですから」

　耕作は、この場は言いくるめた。
　さてと、後はそふとか。
　生肉持参なら、それ程遠くへは行けないだろう。
「……とすると」
　月詠は柘榴石の瞳を、すっと細める。
　視線の先には、夕闇と木々に沈んだ猫鳴館がある。

「きっと、そふとの行先は猫鳴館だろう。
　あそこには畑があるし、猫鳴館住人は彼を仲間に取り込もうとするだろうね。
　今回はお泊り会という事でもいいだろうが……」

　その後は？

「乗りかかった船だし、私は、そふとの様子見に猫鳴館に乗り込んで来るよ。
　何か食べるものを買出して行こう。食物を持ってきた者を、彼らは邪険に扱わないはず。
　……そふとは出来た子だ、よく分かっているな」
　月詠は、ふふっと薄く笑う。

「今からじゃ料理するには、時間があまりないし。惣菜や漬物、乾物にするかな」
　てきぱきと物事を決め、早速実行に移す。いかにも月詠らしい。
「耕作さんも気になるなら、野菜を持って行くと喜ばれると思うよ」
　そっと振り返って見れば、老人はまだ逡巡しているようだった。

　少し離れて、冷却期間を置くのもお互いのためかもしれない。
　一晩ゆっくり、考えてみるといいさ。
　それ以上は何も言わず、月詠はその場を立ち去った。

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