寝子島と教室と、制服と私｜リアクション

寝子島と教室と、制服と私

◆捨てられないもの

　放課後の美術室で、ロベルト・エメリヤノフはキャンパスに向かい唸っていた。キャンパスの中には、水浴びをする美しい少年の姿が描かれている。その姿態はすらりとしなやかで、それでいて肉感的でもあった。その少年のアンニュイな表情とまったく同じ顔を、キャンパスの外のロベルトもしている。ロベルトは自分で描いたばかりのその絵を、近付いたり遠ざかったりして眺めながら、やがて出来に満足していないのか、溜息を吐いた。

「本当にこれでいいのかな……んー……」

　そう言ってちらり、予備校の課題で描いたものへと視線を移す。ファイルの中に積み重なっているそれに対しては、講師も順調だと言ってくれているが……。そしてロベルトは、キャンパスへとその視線を戻した。ロベルトの思考は、早くも合格した後のことに向いていた。

　――みんなに比べて結果が出てない、ってのはあいつの言う通りなんだよね。
　そう思うロベルトの頭に浮かぶのは、昔親友だった人物の姿だ。ロベルトはもう一度大きな溜息を吐く。

「やっぱりちょっと焦るな……」

　しかし時間は悩んでいる間にも過ぎていく。ロベルトがいくら頭を抱えても、キャンパスの中の絵はこれ以上美しくもならなければ、芸術的価値が上がるわけでもない。ロベルトは肩を落として、筆をおいた。

「ちょっと気分転換に、屋上に行こうかな」

　窓から見える空は澄んでいて、とても気持ちのいい晴れ間が覗いている。ロベルトの足は自然と屋上へと向かった。

「あれ、どうしたんだい呉井。こんなところで……」
「おー、奇遇だねぃ」

　場所を移して少々気分も晴れたところで、ぼうっとしていたロベルトは級友の呉井陽太の姿を見かけて、声をかける。陽太も気さくな調子でロベルトに笑顔を向けた。

「ロベルト君もここの景色を見に来たのかなぁ？」
「そんなところ」
「そっか。オレはちょっと進路のことやらなんやら考えちゃって……」

　陽太はここまで言ってから、こう付け加える。

「あ、進路っていうのはピアノ調律師を目指す事なんだけどね……っ！」
「そっか……呉井も頑張ってるんだね。ピアノ調律師かぁ……いいね」

　陽太はロベルトの言葉にほっとしながら、ふうと息を吐いて、そのまま不安も一緒に吐露した。

「その事について調べたり勉強したりするのは、好きな事だからいいんだけど、専門の学校に行っても、ちゃんとやっていけるのかなぁって」

　ロベルトは陽太の話を真剣に、時折相槌を打ちながら聞いている。風がふわりと吹いて、二人の髪を揺らした。陽太は気持ちを切り替えようと努めながら、口を開く。

「何だか少し不安になっちゃってさー」

　陽太はそう言うと、まあ、その……と間を取って、続けた。

「そんなもやもやを晴らしたくなったんだわー」
「なるほどね。進学後が不安になるのは、なんかわかるかも」
「ロベルト君の方は進路ってどんな感じ？」
「僕のこと？」
「うん。よかったら聞かせてほしいなぁ」

　思いも寄らなかったのか、ロベルトは目を丸くするも、悩みながら言う。

「僕はそうだなぁ……というか僕も、そんな感じ」

　今度はロベルトが詰まり詰まり、なんとか自らの悩みを吐露することとなった。