寝子島と教室と、制服と私｜リアクション

寝子島と教室と、制服と私

　ロベルトは美術室に残してきた未だ未完成な絵のことを思いつつ、抱えている不安を素直に目の前の陽太に漏らす。

「大学では絵を勉強したいなって思ってるんだけど、寝子高ですら埋もれ気味だから」

　此処まで言って、ロベルトは一息ついた。浮かぶのは、この路を反対している元親友の顔。陽太にこの続きを言うか悩んで、口を閉ざす。しかし思い切ったのか、続けた。

「やめろって言われると意地になっちゃうんだけど、こうして落ち着いて考えてると……ちょっと不安なんだよね……」

　陽太はロベルトの話を聞き終えてから、暫しの間頷くのを止めて、ぴたりと制止する。その表情は真剣だった。

「そっかぁ……。んー……なるほど……」

　陽太が黙り込むと、ロベルトは不安で胸をいっぱいにして、どきどきと脈打つ心臓を押さえる。その口から出るのは肯定か、否定か……その先を聞くことを恐れながら、陽太の言葉の続きを待っていた。それを横目に、陽太は口を開く。紡がれた言葉は、ロベルトの不安とはまったく違った方向のものであった。

「確かに芸術科にはいろんな才能の人が居るから、自分はどーだろ……って不安になるのはわかるかも……」

　陽太の頭にも、同科の――時に、天才や鬼才と呼ばれる――生徒たちのことが浮かんでいる。しかしロベルトの方へ向き直った陽太の顔は、彼のアンニュイなものと違って明るい。陽太は目の前にいるロベルトの、ヘーゼルナッツのような瞳を見て言う。

「でもやっぱり、やりたいことを諦めたくないし、どんなに悩んでも、自分が向かいたい道を見ちゃうよね」

　話しているうちに熱が入ってきた陽太は、そのままの勢いでこう続けた。

「その道に、石が転がって歩きにくくなってても……お互い乗り越えられるといいなぁ」

　話し終えると、陽太は先程までの熱がすっと冷めて、照れたのか手を後頭部へとやった。ロベルトも照れがうつったのか、陽太の手が動くと同時にその顔を伏せている。

「なんて……」

　陽太が言うのに合わせて、ロベルトも口を開いた。

「……ありがとう、呉井。……情けないところ見せちゃったな……なんか喋りすぎたような……」

　ロベルトの自嘲に陽太はわー！　と声を上げる。

「オレの方こそ喋りすぎちゃったわー……」

　そしてこう続けた。

「情けなくないよぅ、オレだって弱音吐いたしーっ」

　ロベルトは陽太の様子に笑顔を取り戻す。そうしていると、心のもやもやも軽くなった気がしてきた。根本の原因が取り去られるのは、きっとずっと後のことだろう。だから、またもやもやして沈むこともあるかもしれない。しかし、今だけは――。ロベルトは陽太に微笑みかけた。

「ありがとう。……呉井も、頑張ってね」
「いや、こちらこそありがとー。ロベルト君。今度、絵見せてねぃ」

　そう言いあって、二人は屋上から出て行った。その背に、青い、青い空が広がっている。屋上を太陽で照らしながら、空は黙してその下に居る二人を見守っていた。