寝子島と教室と、制服と私｜リアクション

寝子島と教室と、制服と私

◆朝の困り者

「先生、今日は遅刻しそうになってごめんなさいっ！」

　放課後の職員室で、宮祀智瑜は声を張り上げ、目の前の桐島義弘に頭を下げる。茜空が窓の外に見えた。職員室の中は重い沈黙を保っている。智瑜は、義弘が口を開くのがただただ怖かった。

「……宮祀」
「はいっ！」

　ふうと溜息を一つついて、義弘が沈黙を破る。智瑜は慌てて顔を上げたが、その後に続いた言葉にしゅんと肩を落とした。

「職員室では静かに」
「……すみません、気を付けます……！」

　彼女が着いた頃にはもうコンビニから遥か遠くにあった義弘の背中を思い出しつつ、智瑜はまたぺこぺこと頭を下げる。義弘はまた溜息一つついて、机の上の書類を片付けると、その首だけではなく椅子も、身体も、智瑜の方に向けた。

「……今日はどうしたんだ」
「えっと、実は……」

　智瑜は髪を押さえ押さえ、かあっと頬を羞恥に染めながら言う。

「寝ぐせがどうしてもとれなくて、格闘してたら遅くなっちゃったんです」

　手が離れると、前髪がいつもの智瑜の如く、ひょこっと元気に跳ねる。智瑜はそれに気付くとまた前髪を押さえて俯いた。

「結局、跳ねた髪は直ってないですけど……」
「……そうか」

　しょんぼりと項垂れて、智瑜は肩を落としている。しかしふと、義弘の寝ぐせとは無縁そうな髪を思い浮かべて、顔を上げた。

「……あの、先生は寝ぐせってできないんですか？　いつもびしっと決まってますけど」
「出来る日もある」
「そ、そうなんですねっ！」

　意外な一面に智瑜は反射的に口許を手で覆って、笑みを隠す。思わず和んだなんて、先生に失礼だろうかと思いながら。暫しして手を離した智瑜は、まじまじと義弘の顔を見ながら呟いた。

「意外です。だって、寝相よさそうですし……」

　ここまで言ってから、智瑜はまるで自分の寝相が悪いと言っているように……彼には聞こえるかもしれないと考えて、あわあわと手を動かし弁解する。

「わ、私も寝相が悪いわけではないんですよ。……本当ですよ」

　そして、また手を前髪の方に戻した。

「でも時々、寝ぐせができるんです」
「ああ。わかった。それにしても、随分頑固な寝癖のようだな」

　その手の隙間から跳ねだす、頑固な智瑜の寝ぐせ。気になるのか、義弘はじっと不思議そうにそれを眺めた。智瑜はまた羞恥に顔を赤くして、思わず声を荒げる。

「いつもこうじゃないですよ、今日は特に頑固な寝ぐせだったんです！」
「宮祀」
「……あっ。……すみません。でも、寝ぐせ直ししてもすぐ戻る超頑固者で」

　今度は小さく、そういうと、智瑜は義弘に笑顔を向けて言った。

「明日は真っ直ぐな髪になってるはずです。……なんとなく大丈夫な気がします」

　明日こそはこの頑固者を説得して、ぴしりと決めた髪型で先生と登校するぞと、智瑜は決意を新たにする。そうしていると、ふと目に入った時計の針が随分と進んでいることに気付く。そろそろ帰らなければと思い、智瑜はぺこりとお辞儀した。

「それじゃ、義弘先生。明日の登校も楽しみにしてます！」
「ああ。今度は遅刻しないように」
「はいっ！」

　はてさて、明日はどんな一日になるだろうか。足とともに、智瑜の心は躍る。