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街路樹の梢を順番に揺らし、初夏の風が駆けてくる。
緑の匂いを帯びた朝の風にスカートが翻る。高く結い上げた黒髪が躍る。
頬をくすぐる髪を片手で抑え、風の冷たさに瞳を細めて、
(……なんでこんなところにいるんだろう?)
最初の思考が脳裏を掠めた。
(え? ……あれ?)
それが最初の思考であることにまず戸惑う。一瞬のうちに疑問符が身体中を埋め尽くす。言葉を発することも出来ず、瞬きばかりを繰り返す。
(えーと……)
シャッターを切るように睫毛を上下させながら、ぐるり、周囲を見回す。
暖かくなりそうな気配を孕んだ朝の風が気まぐれに行き来する街路に目立つのは、制服姿やスーツ姿の人々。今日は平日らしい、と思ってから、今日が何曜日であるのか、自分が何処へ向かおうとしていたのか、それすら覚えていないことに思い至った。それどころか、
(あたしって誰だっけ?)
自分が誰なのかも分からない。
(マジか)
通勤通学に忙しそうな人々の流れから離れ、道端に立ち尽くす。
ちょっとばかり短いような気がしないでもないチェック柄のスカートの裾を持ち上げてみる。スラリとした膝と脛、足首は妖艶に思えるほど細い。素っ気ない靴下とローファーが逆効果に思えるほど艶っぽく見えて、思わずそそくさとスカートの裾を払う。臙脂色の襟のジャケットに包まれた胸を見下ろす。道を行く他の女子高生より大分大きい。
肩には鞄。自分も学生であるらしい。同じ制服を纏う子たちに着いて行けば、少なくとも自分が向かおうとしていたはずの学校には向かえる。
それは理解できるのに、身体が動かなかった。
自分の身体であるはずなのに、この身体が自分のものではないように思えた。
(マジだ)
ますます途方に暮れる。自分が何者か分からないと、ひとはその場から動けなくなるものらしい。
人の流れから取り残される。それでも、その場に座り込むことはどうにか堪えた。震えそうな膝を拳でひとつ叩き、息を吐き出す。奥歯を食いしばり、眉間に力を籠める。重い足をどうにか動かし、近くに見えたバス停のベンチに向かう。
自分が何なのかわからないだけでひどく重たく感じる身体をベンチに下ろす。目的を持って確固とした足取りで行き交う人々をぼんやり眺める。幾度か呼吸をするうち、心に暴れる混乱はほんの少し落ち着いてくれた。
胸に抱えていた鞄を開く。
(
初瀬川 理緒
……)
教科書やノートに書かれた名前には憶えがなかった。生徒手帳に挟み込まれた学生証の顔写真にも見覚えがなかった。
(初瀬川理緒、女子高生、……)
見つけたキーワードを繰り返しながら、ごそごそと鞄を探る。見つけた手鏡に自分の顔を映してみれば、そこには学生証の写真と同じ顔があった。
十七歳にしては大人びた顔が自分のものだとはどうしても思えなかった。手鏡を鞄に放り込む。他の手がかりを探して引き続き鞄を探ってみる。
「……ん」
出て来たスマートフォンに安堵にも似て息が零れた。通話かメールの記録を辿れば、親しい人間のひとりかふたりくらいは見つけられるだろう。その人に電話して、自分のことを聞いてみれば何かしら思い出せるかもしれない。
ほくほくと画面を立ち上げて、行く手を阻むパターン認証ロックに呻く。複数の点を繋ぐたった一筋の正解の線など、覚えていない。
(自分に関することは綺麗さっぱり、ね)
お手上げかもしれない。
スマホを放り込んだ鞄を脇に、今度こそ本当に途方に暮れる。自分が誰であるのか分からないだけで、思考が止まる。名前も立場も、何の役にも立たない。
「理緒ちゃん?」
役に立たないその名前を、誰かが呼んでくれた。
自分の名前であるはずなのに、自分のものとは思えぬ名前を口にしてくれた誰かの声を追って振り向く。
「理緒ちゃん」
穏やかな初夏の朝の光を全身に受けて、柔らかな表情の少女が駆け寄ってくる。同じ制服姿ということは、同じ高校に通う子なのだろう。もしかすると、同級生なのかもしれない。
ふと、手鏡の中に見た己の顔つきを思い出す。
化粧映えのしそうな派手な顔立ちの自分とは違い、彼女はとても優しそうで繊細そうに見える。セミロングの黒髪、優しく笑んだ黒い瞳と桜色の唇。
どうしてだか、手を伸ばしたくなった。白い頬に触れたい。長い睫毛に触れたい。唇に触れたい。細いうなじに指を這わせ、くすぐったいと微笑ませてみたい。
(……余程心細いのね)
欲望に似て湧き上がる感情に寂しさという名をあてがい、理緒は曖昧に微笑んだ。彼女からすればこちらは親しい人間らしいが、こちらからしてみれば彼女は全くの知らない人間。
名前を知らない。
関係を知らない。
こちらに向ける笑みの意味を知らない。
どうして彼女はこんなに嬉しそうに近寄ってくるのだろう。
「理緒ちゃん……?」
こちらの凝視を不審に思ったのか、彼女の柔らかな瞳に影がさす。
「早くしないと学校に遅れるよ」
それでも微笑むあたり、最初の印象通りきっととても優しい女の子なのだろう。
その微笑みを崩すことになる予測は容易について、けれどもう尋ねるしかなかった。
「えーと……どちらさまでしたっけ?」
(我ながら間抜けな返事)
そう思いはするものの、もう仕方がない。挙動不審気味であろうとも、これもまたどうしようもない。だって自分に関するものの記憶を名前と立ち位置以外に何一つ持ち得ていない。
目の前に立つ少女がきょとんと瞬きする。からかっているのかと言いたげに唇を笑ませかけて、中途半端な笑みのままにその柔和な顔が強張る。
少女の長い睫毛が不安げに震えている。
それがひどく、綺麗だった。
綺麗だと思った自分に、その綺麗なものに手を伸ばし抱き寄せたいと思った自分に戸惑う。彼女と自分が親しいのは彼女の笑みからも読み取れる。けれど親しいだけの女の子に、そんなことをしても許されるのだろうか。
「記憶がないの」
心を染めようとする欲を振り払うように己の現状を告げる。素っ気ないような口調になってしまったけれど、彼女はそれよりも己の言葉の方が衝撃だったらしい。
「からかわないでよ」
不安を押し隠すような笑みが彼女の顔に貼りつく。今にもその笑みが剥がれて泣き虫な本性が現れそうな気がして焦る。
「マジだって。記憶喪失って言うんだっけ? なっちゃったっぽいよ」
告白してしまったからには、この子を頼みの綱とするしかない。
「何にも覚えてない。自分のことは何にも」
現状を吐いてしまえば、いっそ心は軽くなった。あっけらかんと笑って見せる。
「あ、でも自分の名前は見つけたよ。初瀬川理緒、……合ってる?」
こくり、彼女は頷いた。そのことに理緒は心底安堵する。名前なんて何の役にも立たないと思ったけれど、覚えのない名前でも名前なりにやはり大事なのだろう。
「じゃあ、……私のことは……?」
恐る恐るの態で聞いてくる彼女の顔を見た途端、途轍もなく申し訳なくなった。こんな可愛い女の子を悲しませたくはない。ないけれど、覚えていないものはどうしようもない。
首を横に振る。
「
佐和崎 紗月
、……本当に、覚えていない?」
「全く、何も」
頷く。その名前を聞いても、記憶を失って空っぽになってしまった心には何ももたらさない。
(紗月)
今聞いたばかりの彼女の名前を心に繰り返す。記憶があれば、この名前はどんな風に心に響くのだろう。
彼女の――紗月の顔色が蒼白になる。
哀しみはこんな色をしているのかと思った。
痛みを覚えたかのように、紗月は胸元を片手に掴む。華奢な胸元を抑えた細い指先は、震える息の零れる唇へと次いで寄った。血管さえ透けそうな白い瞼が伏せられる。繊細そうな黒い瞳が涙に曇る。
(まずい、)
泣き出しそうだ。
「や、ちょっ、……待って、待って待って、」
紗月の白い頬を涙が零れ落ちる場面を思い浮かべた途端、心がぎゅっと痛んだ。訳も分からないのに、恐ろしく焦る。
この子を泣かせたくない。
ベンチから立ち上がる。咄嗟に紗月の肩を抱こうとして思いとどまる。触れていい関係なのか、それすら覚えていない。
「ごめん。謝るから、……ごめんね、泣かないで、」
紗月の肩に伸ばしかけた手の行方を失う。あわあわと不器用な謝罪の言葉を並べ立てる。
「泣かないでよ、お願い」
必死に宥めるうち、ふと紗月が微笑んだ。泣き笑いの頬を取り出したハンカチで一度拭い、どうしようもなく優しく微笑み直す。
「私こそ、ごめんね」
「……え」
「理緒ちゃんが一番不安なのに、私まで一緒に不安がったり悲しんだりして……」
「あ、ううん、あたしは大丈夫よ。そりゃあ自分が誰だかも判らないけど」
黒い瞳に大人びた笑みを浮かべる理緒に、紗月は堪らなくなる。この人はいつだってこんな風に勝気に不敵に笑う。自分の置かれた状況を受け入れ、割り切って背筋を伸ばし真直ぐに立っていようとする。
その強さに、いつだって救われた。
「理緒ちゃん」
涙を拭った手を差し伸ばす。困惑の表情を浮かべ、手を取ることを躊躇する理緒の乾いた手を、紗月は迷うことなく掴む。
今度は、
(私が助ける番)
「えーと、……紗月?」
名前を呼ばれて、ドキリとした。思わず肩越しに振り返る。大人しく手を引かれる格好のまま、理緒は動揺した表情を見せた。この呼び方で良かったのか、と心配そうに問われ、紗月は知らず瞳を和ませる。
「うん。名前で呼んで」
学校へと急ぐ学生の流れから外れ、寝子島街道沿いのコンビニに入る。通勤客に溢れるコンビニの一角、雑誌コーナーの前に女子高生ふたりは並ぶ。
「これ」
紗月が手にするのは、『週刊ヤングニャンプ』。表紙を飾るグラビアアイドルの姿に、理緒は目を丸くして息を呑んだ。かと思えば、重々しく唸る。
青年漫画誌の表紙を華々しく飾っているのは、水着姿で煌くような笑顔を見せる『初瀬川理緒』。巻頭グラビアには、夏めいた日差しが降り注ぐ南国の海辺で妖艶な肢体を惜しげもなくさらす『初瀬川理緒』。
グラビアのページをめくる度、理緒の表情は引きつってゆく。見てはならないものを見てしまったかのように、己の所業を悔やむかのように、苦悶の呻きをあげる。
「なにやってんだあたしは……」
頭さえ抱えかねない顔で小さく呟く理緒の姿に、紗月は嘆息せざるを得ない。彼女は、本当に記憶を失くしている。
本当の彼女は、グラドルの仕事を心底楽しんでいた。本当に楽しいんだからと、一度は誘われたことだってある。向いているはずがないからと断ったときは、心底残念そうな顔をした。
「これがあたしの正体か」
それなのに、今の彼女は元の自分に対して侮蔑にも近い眼差しを向けている。
見せなければ良かっただろうか。そんな思いが胸を掠めた。
(でも、……)
これが本当の『初瀬川理緒』の姿であることは事実だ。
「理緒ちゃん」
ことさらに、紗月は明るく理緒に呼びかけた。自身の『正体』に困惑しきった表情を見せる理緒の手をきつく握る。雑誌を元の位置に戻し、ペットボトル入りの紅茶を二本買って店を出る。
「学校、さぼっちゃおう」
買ったペットボトルのうちの一本を理緒に差し出し言ってみる。驚いた声をあげる理緒に、紗月は悪戯っぽく笑いかけた。
「ね、理緒ちゃん。そうしよう」
いつもは、そうやって誘うのは決まって理緒だった。
笑いかける己に何かしら感ずるところがあったのか、理緒は丸めた瞳をふと和らげた。いいよ、と笑い返してくれる。
「そうしよっか。行く気も失せたし、そうすれば記憶が少しずつでも取り戻せるかもしれないし」
五月の風の中、紗月は理緒の手を引いて歩き始める。
寝子島街道を過り、まず向かったのは寝子ヶ浜海岸。春凪の名残なのか、大人しめに寄せては返す波を聞きながら波打ち際をふたりで歩く。
ふと跳ね上がっては頬に触れる波の冷たさに、理緒はグラビアに映っていたのと同じ屈託のない笑みを見せた。たとえカメラを向けられていても、彼女は極く自然に笑うことができる。だからこそのグラビアアイドルなのだろうと紗月は思う。
「寒くない? 理緒ちゃん」
「ん、平気平気」
繋いだ手が温かかった。
「こうやって手を繋いでよく歩いたよ」
『初瀬川理緒』は甘えるのが上手だった。一緒に歩く度、嬉しそうにはしゃいではじゃれつくように身体ぜんぶで腕にしがみついてきた。
「あんまり勢いが強いから、一度はふたり一緒に転んだり」
こうやって、といつか海辺を一緒に歩いたときのように理緒の腕にぎゅっとしがみつく。あの時はお互いに目を合わせて笑い合ったけれど、記憶を持たない彼女にそれをすることは躊躇われた。
だって怖かった。目を合わせようとした彼女がどこか遠くを見つめていたら。遠い水平線を眺めて自分とは一向に目を合わせてくれないとしたら。
考えただけで目頭が熱くなってしまう気がして、紗月は理緒の腕にしがみついたまま深く俯く。
「ねえ」
不意に呼ばれた。慌てて顔をもたげようとして、ぐいと腕を引かれた。思いがけず強い力に身体が傾ぐ。
「こんな感じ?」
上げた瞳に映ったのは、悪戯っぽく笑いながら一緒に砂の上に倒れようとする理緒の姿。
「きゃあっ?!」
体勢を立て直す余裕もなく、紗月は理緒に引き寄せられるまま波打ち際に膝をつく。
「ご、ごめん、理緒ちゃん……っ!」
押し倒す格好になってしまったことに焦り、謝りながら身体を起こそうとして、手を掴み直された。黒く長い睫毛に縁取られた黒い瞳が真直ぐに自分を映してくる。紗月をほとんど引きずり倒した理緒は、不思議そうな眼をしていた。
「……怒らないの?」
真剣な顔で問うてきた理緒のその言葉は、いつか同じ状況になったときに聞いたものと全く同じ。
継ぐ言葉を忘れ、紗月は理緒をただ見つめる。
「紗月?」
「ううん」
首を横に振り、紗月は理緒の首に抱きついた。記憶がなくたって、この人はやっぱり理緒だ。甘え上手で、こんな事態に陥っていても陽気で、寂しがり屋な女の子だ。
「あのね、理緒ちゃん」
理緒の耳元に唇を寄せ、紗月は囁く。
――これがあたしの正体か
コンビニで低い呻きを聞いてから、彼女に彼女自身のことを告げるのが怖かった。自分自身を蔑むような彼女の眼差しを見たくなかった。
それでも、やっぱりこれだけは知っておいて欲しくなってしまった。
「私、理緒ちゃんの恋人なのよ」
口にしてからやっぱり怖くなった。理緒の華奢な首に両腕をしがみつかせたまま、滑らかな頬に頬を寄せたまま、動けなくなる。
元の彼女は自身がバイセクシュアルであることを何ら恥じることはなかったけれど、グラビアアイドルである己に対して頭を抱えてしまった今の彼女は、同性の恋人がいることをどう思うだろう。
「そう」
耳元に響く理緒の硬い声に、思わず肩が震える。くっつけてしまった身体を咄嗟に離そうとして、
「そう、なのね……」
きつく抱きしめられた。
「……ごめんね」
哀し気な声を耳元に聞いて、理解する。お互いが恋人同士であると知って、それでも記憶が戻らないことに彼女は胸を痛めている。痛めてくれている。
少なくとも、そこに自分自身に対する侮蔑はない。
同性の己に向けられるかもしれない感情よりも、ただその一点に関して紗月は安堵の息を吐いた。
大好きなひとに嫌われてしまうことよりも、その人が自分自身を厭うことの方がきっと悲しい。
「ううん、いいの」
だから紗月は理緒に向けて柔らかな笑みを向ける。理緒の手を取り、一緒に立ち上がる。
「砂だらけになっちゃったね」
互いに互いの身体を払い合い、目を合わせて笑い合う。手を繋ぎ、再び歩き始める。
(離さない)
離しちゃいけない、そう思った。少なくとも、理緒が記憶を取り戻すまでは。
(離れ離れになりたくない)
記憶を取り戻したって、離したくはない。けれど彼女には自由であって欲しかった。自分勝手に奔放に笑う彼女をとても美しいと思ってしまっているから。
そう思いながらも、同じほどに傍に居たかった。隣で笑っていて欲しかった。甘えてきて欲しかった。
(私も理緒ちゃんと同じで自分勝手ね)
くすり、笑みが零れる。
「紗月?」
黒い瞳を瞬かせる理緒に何でもないと首を横に振り、紗月は理緒の手を引く。
紅茶とケーキのセットをお供に長話に興じてしまう喫茶店の横を通り、人込みの中で偶然お互いを見つけた嬉しさのあまりに駆け寄りあった駅前通りを過ぎる。お互いに黙りこくったまま、けれどその親しい沈黙が心地よく感じられて並んで歩いた路地を抜け、人目に隠れてキスをした公園の樹の下で少しの間足を止める。
「色んなところに行ったわ」
「ふたりで?」
「……ええ、ふたりで」
思い出を重ねた寝子島のあちこちをてを繋いで彷徨った後、辿りついたのはシーサイドタウンにある大観覧車の前。
夕暮れの海風を浴びて色を失いつつある大観覧車を前に、紗月は立ち尽くす。昼間の明るい日差しの下に見ればどこまでもカラフルで明るいのに、黄昏に沈む観覧車はこんなにも寂しく見えるものなのか。
「乗る?」
理緒から屈託なく尋ねられ、紗月は怯む。
「ふたりで乗ったことはなかった?」
「……ううん」
何度も何度も、一緒に乗った。その度に思い出を重ねた。だからこそ、怖かった。
ここに至るまで、たくさんふたりの思い出の場所を巡った。たくさんたくさん、ふたりで重ねた思い出を話した。それでも、理緒の記憶は戻らなかった。
ここでも戻らなかったらどうしよう。
途方に暮れかけて、ぎゅっと唇を引き結ぶ。繋いだままの理緒の手に力を籠める。互いのぬくもりが溶け合った手の熱に勇気を貰う。
(……諦めたりしない)
大好きなひとを、諦めたりなんかしない。
「乗ろう、理緒ちゃん」
海風に惑わされながら大観覧車に近寄り、係員の案内を受けてゴンドラに乗り込む。
「寒い」
「寒いね」
流れこむ僅かな隙間風にくすくすと笑い合いつつ、ゴンドラが傾くのも構わず肩を寄せ合い並んで座る。
雪の降る夜に、島中に桜の花が舞う麗らかな春の午後に、波の音さえ聞こえてきそうな静かな平日の朝に。幾度となく、ふたりきりの空中散歩をした。
そのとき交わした言葉や目にしたものをとりとめもなく話しながら、紗月は恋人の横顔を見つめる。視線に気づいて、理緒は伏せていた睫毛をもたげた。
茜の色に縁取られ、愛しいひとはひどく淡く、寂しそうに微笑んだ。
ああ、と悲しい息が漏れる。やはり、思い出せないのだ。
「理緒ちゃん、……理緒ちゃん、」
繰り返し名を呼ぶ。重ねた掌を握りしめる。
「……ごめん、――」
哀しい笑顔のまま詫びようとする理緒の唇を、紗月は寄せた唇で塞ぐ。
ふたりの黒い瞳が交錯する。黄昏の光ばかりを宿すその瞳に、不意に色とりどりの光が躍った。
ふたりがキスを交わすのと、観覧車にイルミネーションが灯るのと、――失せていた記憶が戻るのは、同時。
「ありがと、紗月」
彩りを取り戻した顔で、理緒は華やかな笑みを浮かべる。こつりと額を寄せられ、紗月は泣き出しそうな瞳で笑みを返した。
眩しい光を夜空に瞬かせ始めた大観覧車の中、ふたりはもう一度唇を重ねる――
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担当ゲームマスター
阿瀬春
シナリオタイプ(らっポ)
ゴールドシナリオ(200)
グループ参加
3人まで
シナリオジャンル
日常
定員
10人
参加キャラクター数
10人
シナリオスケジュール
シナリオガイド公開日
2018年01月12日
参加申し込みの期限
2018年01月19日 11時00分
アクション投稿の期限
2018年01月19日 11時00分
参加キャラクター一覧
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