寝子ヶ海浜公園喧嘩奇譚｜リアクション

寝子ヶ海浜公園喧嘩奇譚

　スカジャンは遅れてやってくる

「おいおい。テメェの相手はこっちだろ」
　新がくいくいと人差し指を曲げて、アゲルを挑発する。
　今のところ、新とアゲルの拳は互角。
　いや、顔にパンチを二三もらってるのは新の方なので、アゲルの方が少し上か。
「だけど、お前には俺を跪かせる事なんて出来ねぇよ！！」
「それはどうかな！」

「おお、なんだ。騒がしいと思ったらなんか喧嘩してんじゃあねぇーか……」
　低くけぶるような声がする。
「あー……よく見りゃマタ工か。やれやれだ……懲りねぇなぁあいつらも……」
　ざり、ざり、と砂を踏んでやってきた男は、青みがかった長い前髪で、鮫のスカジャンを羽織っていた。
「まぁいい。見ちまったもんは仕方がねぇ……ちょいと前まで異変がらみの半分殺し合いみてぇな事ばかりで辟易していた所だ……久しぶりにフツーの喧嘩とやらに乗らせて貰う……」
「鮫のスカジャン……まさか」
「木天蓼不良四天王と渡り合ったって言う……」
　修と対峙していた不良女子たちが慄き口にする彼の男の名は。
「如月庚」
　前髪をかき上げる。
　眉間の上の傷跡が露わになる。
　新を見止め、ニヤリと笑う。
「おおなんだ。よく見りゃウチの一年坊もいるじゃねぇか……威勢が良くて何よりだ。それに屋敷野もか」
　相棒ともいえる梢は、遅れてきた不良に元気よく手を振る。
「お、如月君がやる気です！」
「屋敷野、あぶねぇからすっこんでろ……見てて楽しいもんでもねぇだろ」
　冷静で思慮深く身内に甘い庚は、梢に優しげな眼差しを向けた。梢はこの眼差しを見慣れている。
「まー、私が手を貸すまでもないでしょーからねー」
　一歩下がる。
　梢に出来ることと言えば、せいぜい不良仲間が庚たちの喧嘩に手を出さぬよう、不良の首に巻いたベルトをきゅっと締めることくらいだろう。
　新が庚に向かって息巻く。
「助けなんかいらねぇからな」
「安心しろ……助けるつもりなんかねぇ。俺も、マタ工の不良連中とは浅からぬ因縁がある、ってだけさ……」
「２対１ってか。掛かってこいやァ！」
　アゲルは腰につけていたチェーンを振り回し始めた。
　庚はそれを見て肩を竦めた。
「チェーンか……確かに当たれば痛ぇが……それだけよ」
　庚が腰をかがめて砂浜を蹴った。新もそれに続く。
　康の戦い方は、祖父譲りの拳法と自前の喧嘩殺法をミキシングした我流だ。しかも、一度敵と認識した者には容赦がない。
　アゲルは砂を蹴り上げて煙幕がわりにした。
　砂が舞い上がる。
　チェーンがまっすぐに向かってくる康の顔面へと放たれる。
　だが、チェーンは途中で軌道を変え、速度を落とした。
（んっ、ちょっとだけ操作できたかな）
　由貴奈が『ヘンドリック・モーメント』を発動させたのである。
　康は身を屈めてそれを躱し、その背後にいた新が両手でチェーンを絡めとった。
「おいおい、こんなオモチャで俺に何しようってんだ？」
　新がチェーンを掴む拳を握りしめた途端、彼のろっこん『心火の拳』で握力が超強化され、チェーンは粘土のように引きちぎられる。アゲルはさすがに呻き声をあげた。チェーンを素手でバラすほど強い奴だなんて思いもよらなかったのだ。
「く、くそっ」
「……もう少し賢いヤツだと思ってたんだがなぁ？　そいつぁ俺の間違いだったようだ」
「まったくだ……チェーンなんかが切り札の時点でテメェの負けだ」
　膝のばねをも使って、康は動揺したアゲルの懐に飛び込んだ。
　体重が乗った全力アッパーカットをアゲルの顎にお見舞いする。
　アゲルは吹っ飛び、白目を剥いて砂浜に倒れた。

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