寝子ヶ海浜公園喧嘩奇譚｜リアクション

寝子ヶ海浜公園喧嘩奇譚

　騎士は自転車でやってくる
　
　八神修は図書館の帰りだった。
　蝶が砂浜を飛んでいるのを珍しいと思い、自転車を止める。
　蝶はテトラポッドの影に消えた。
　その先で十人近い学生たちが喧嘩をしているのが見えた。マタ工生の喧嘩かと思ったが、その中に、寝子高の制服や知った顔がある。とくに弱々しく震えているカップルの彼女の方は、胸に寝子高１年生を示すグリーンのピンバッチを付けている。
（通報するか。いや、公になるのは困る人も居そうだ）
　例えば被害者の女生徒だ。交友関係が壊れたり、運動部なら処分も有り得る。
（ここで収めてしまうのが良さそうだな）
　修は自転車を近くの柵に立てかけた。知り合いは心配ないだろう。喧嘩も楽しそうだ。となると、不良女子に睨まれた、怯えた顔のカップルが被害者だろうとあたりをつけ、これ見よがしにヨーヨーを構えるマタ工の女子との間に颯爽と割って入る。
「どうしたんです？」
　穏やかな声で改造スカートの不良女子二人に話しかける。突然のイケメンの登場に、不良女子たちは一瞬顔を赤らめ、それを隠すかのように修を睨みつけた。
「んだよ、てめぇにゃ関係ねぇ」
「そうでもない」
　言いながら、修はカップルを背にするように位置取り、不良女子から見えないように、「離れなさい」と手合図する。カップルはそれを見て、ゆっくりと後ずさりはじめる。
「俺は寝子高の副会長だし、どうやら被害者は寝子高生のようだ」
「そいつはご苦労だったな、イイ子ちゃんよ！」
　不良女子のひとりが、修の胸倉に掴みかかった。だが修は身に着けた護身術の応用でその手を掴み、そのまま彼女の後ろに抜けると、後ろ手に捻って行動を束縛した。
「ここは人も来る場所だよ。君達も面倒ごとは困るだろ」
　言葉は穏やかだが、手のほうはギリギリ捻り上げる。
「いたたたたた！！　やめろっ！」
　不良女子は悲鳴を上げた。
「こいつッ！」
　もう一人がヨーヨーを打とうとする。だが修はその子の目をまっすぐ見つめ、鋭く言った。
「仲間に当るぞ」
「くッ」
　その通りだ。修に牽制され、不良女子はなかなかヨーヨーを打てない。
　修は捕えている女子の耳元に諭すように言って聞かせる。
「ボスの戦いが一段落ついたらそれで収めないか？」
「優男が何言ってやがる……ああああ！」
　後ろ手がさらに捩じられ、女子は痛みで上半身を仰け反らせる。
「それともこのままま腕を折られた方が良い？」
　ぞっとするような綺麗な笑み。不良女子たちは言葉を失ってしまう。
　惚れたのか、恐れたのか、その両方か。不良女子たちはギリギリと歯ぎしりして修を見つめている。

　たった一人で不良女子たちを制圧した修を見て、逃げるのも忘れて唖然と立ち尽くすカップルを、テトラポッドの影から呼ぶ声がする。
「こっちこっち。隠れてください！」
　囁き声で手招きしているのは、大げさな三つ編みの女の子だ。
「そんなふうに逃げずにつったってたら、狙ってくださいって言ってるようなものですよー！」
「あなたはたしか……」
　カップルの女子、守手星衣が口元を抑える。この三つ編みの先輩、入学式の時、生徒会メンバーとして並んでいるのを見た。そんな顔をしている。
「もうひとりの副会長さん！」
「もーそんなこといいですから、早く！」
　こうして梢は、喧嘩に夢中になる不良たちの目を盗み、カップルをテトラポッドの影に隠したのである。

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